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2019年1月29日 (火)

川柳、最初の作品

 先週、1回目の講座終了後作った川柳。

 ひとひねり気ばかりハヤリ時間切れ

 先生はこれを以下のようにするのはどうかと提案。

 ひとひねり気ばかり逸る(はやる)五七五
 五七五の代わりに川柳として「かわやなぎ」と読ませても可

 今日は、事前に作ってから講座に出席し、以下の句を提出した。

 基礎データ役所シロアリ手当喰い

 どうなって帰ってくるか、来週が楽しみだ。

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2019年1月24日 (木)

川柳、よい句は体力勝負だ

 川柳、もっと早く始めればよかった。

 初めて講座に行ったのだが、その先生は今の社会のいろいろな矛盾や歪み、さらに不正に敏感な方のようだ。先生が選んだお手本の川柳の多くは、強烈な社会の理不尽への怒りの気持ちをストレートに出すのではなく、笑いというか苦笑というかユーモアのオブラートで包んでそっと出す、という感じだ。

 怒りを爆発させるのではなく、怒りの時限爆弾を、その川柳を目にした人に埋め込むような、そうした川柳がお手本としてプリントアウトされている。

 これは怒りの根源を突き詰め、何が問題かを理解し、その上でないと、人の心の中に投げ込む時限爆弾はできない。怒りと向き合い続け、考え抜くには体力がいる。これからまず体力を養うことから始めよう。そして社会の問題と向き合い、自分の気持ちを言葉にしていこう。

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2019年1月22日 (火)

川柳、面白そうだ

 川柳の講座が地域で開催されたので行ってみた。講師の話を聞いているうちに、他人が作った川柳の楽しみ方、また自分で作ってみる楽しみ方、教えられた。

 好き勝手、自由に作れると思っていたが、いくつか約束事がある。それはそれで意味がある約束事だ。

 それより、具体的な作り方で、ポイントの絞り方がとても参考になった。ポイントを考え抜いて、贅肉を落とさないと川柳とならず、単なるぼやきに終わってしまう。講座はあと2回、楽しみだ。

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2019年1月18日 (金)

久しぶりに90分話をした

 今日、18日、神奈川県愛川町の町民大学教養講座「日本の科学/学問の光と影―歴史から考える」で話をした。途中質問を受けながら90分話をした。時々水を飲みながら話し終えて、久しぶりに喉がスッキリした。

 聞きに来てくれた人は約20人。この程度の数だと、落ち着いてゆっくりした気持ちで話をすることができる。

 友人が来てくれて、写真を撮り送ってくれた。

Photo


Photo_2


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2019年1月15日 (火)

日本は社会主義国家だから電力会社は潰れない

 今日、15日の「日経」サイトに、米国大手電力会社、賠償で破綻という記事が出ていた。以下がその見出しだ。

カリフォルニアの電力大手が破綻 山火事の賠償で

 あれだけの事故を起こした東京電力はゾンビのように生き延びている。それだけではなく、日本原子力発電の東海原発再稼働のために資金を出すなどと言っている。そんな資金があるなら、避難している人々、日々被害を受けている人の救済に充てるべきだ。

 この国、日本のこと、はおかしい。かつてソ連が社会主義国家として振舞っていた時、電力が重視され、国の生命線といった位置付けだった。今の日本、当時のソ連と変わらない。

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2019年1月13日 (日)

731部隊トリビア8:兵科と各部

 兵科と各部という分類は戦場で戦闘を行う兵科と、後方支援の各部という仕切りだった。

 軍医は衛生部の所属で、各部に分類されていた。かつてはその最高位は軍医総監と呼ばれていた。それが1937年から軍医総監は軍医中将に、また1等軍医正は軍医大佐に、1等軍医は軍医大尉と呼称が変わった。

 それでも、軍医の最高の位は中将で、大将にはなれなかった。

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2019年1月 9日 (水)

731部隊トリビア7:石井機関2

 石井機関については12月30日に書いた。731部隊などの位置付けについて補足する。

 731部隊を満州ハルビン支社と書いたが、むしろハルビン工場と記すべきだった。

 つまり本社が軍医学校防疫研究室で、ハルビン、北京、南京、広州、シンガポールにそれぞれ工場があると考えたほうが実態に近いだろう。支社であればその地域での営業とか、納品済みの商品のメンテナンスなどの仕事がある。つまり地域との交流が生まれる。工場でも現地の従業員を採用し、現地の水その他を使って活動をするので、地域とのつながりは生まれる。

 しかし731部隊などは現地の人を採用することはなかったようだが、水その他のインフラは利用していた。そして秘密工場として日本人も含め部外者の立ち入りを禁じていた。現地の人にとっては現地のインフラを使いながら、全くのブラックボックス、というのが石井機関が各地に置いた防疫給水部という工場の現実だっただろう。

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2019年1月 8日 (火)

アスリートの引き際

 今日、8日になって3人のアスリートの引退報道があった。サッカー選手が2人、女子レスリング選手が1人。まだやれるのではないかとも思ったけれど、考えた末のことだろう。

 3人とも、やれることはやった、見たい景色は見た、と言える競技者人生だった。1人は何年も続けて世界選手権保持者だし、2人はW杯に複数回出場している。

 すっきりした引き際だ。

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2019年1月 6日 (日)

日食、見ることができなかった

 昨日の天気予報だと関東地方、午前中陽が射すということだったが、僕住んでいるあたりは1日中どんより曇り、全く陽射しがなかった。昼のニュースで、東京でも薄雲の向こうに欠けた太陽を見ることができたと報じていた。しかし神奈川の西部ではそれは叶わなかった。残念。

 天気予報で日本は広いなと思うけれど、関東地方も結構広いと再確認した。地域によって雨だったり雪だったり、穏やかだったり風が吹いたり。それぞれの地域に違いがあるから面白いのだろう。また旅をする楽しみもあるのだろう。

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2019年1月 4日 (金)

731部隊トリビア6:軍隊組織4

 赤紙で召集され応召すると、全員が2等兵だ。2等兵にも3種類あった。

 歩兵である陸軍2等兵、陸軍技術2等兵、それに陸軍衛生2等兵である。また技術2等兵も衛生2等兵も応召直後に歩兵の訓練を受け、鉄砲など一通り扱えるようになってから、それぞれの持ち場に配属される。

 軍医など各部の将校は歩兵の訓練を受けていないので、一般に銃器の取り扱いに慣れていない。

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2019年1月 3日 (木)

731部隊トリビア5:軍隊組織3

 日本陸軍の人的構成は以下のように整理できる。

 身分としては将校、下士官、兵の3種類
 立場としては軍人と文民の2本立て
 軍人の種別としては兵科と各部の2本立て

 兵科と各部とはこいうことだった。
 1940年代の区分では、兵科は参謀科、憲兵科、歩兵科、騎兵科、砲兵科、航空兵科、輜重兵科それに航空兵科。各部は軍医や薬剤将校が所属する衛生部、技術部、経理部、獣医部それに法務部で。
 各部は兵科より低く見られ、最高位も中将止まりだった。また37年に「昭和12年勅令第12号」が出て、それまでの軍医の最高位を軍医総監、その他も2等軍医や1等軍医正という呼び方を改め、軍医中将とか軍医中尉あるいは軍医大佐などとなった。

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2019年1月 2日 (水)

731部隊トリビア4:軍隊組織2

 軍隊には軍人ではない、文民である民間人もいる。軍属と呼ばれている。その地位は高等文官から傭人や工員などがあった。

 高等文官には1等から8等まであった。1および2等が勅任官、3から8等が奏任官だった。軍人との比較では1等が中将、2等が少将、3等が大佐、4等が中佐、5等が少佐、6等が大尉、7等が中尉、8等が少尉相当だった。731部隊の高等文官は技師と呼ばれていた。

 さらに判任文官がおり彼らは准士官および下士官相当だった。

 雇員や傭人それに工員など、呼称の終わりに「官」が付かない人は、官が付く人、官吏のサポートする補助的な仕事をする人という位置付けだった。

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2019年1月 1日 (火)

731部隊トリビア3:軍隊組織1

 今日からタイトルを簡略化した。

 日本陸軍の階級についてのトリビアだ。最初は軍人の階級。

 兵隊というのは、2等兵、1等兵、上等兵、それに兵長である。
 下士官が伍長、軍曹、そして曹長となる。
 准士官が准尉だ。
 士官は将校で尉官、佐官、それに将官があった。
  尉官は少尉、中尉、それに大尉
  佐官は少佐、中佐、それに大佐
  将官は少将、中将、それに大将。大将のうちの何人かは元帥の称号を与えられた。

 下士官、准士官、それに士官は天皇に任命されたことを意味するが、階級により直接任命される官もあれば、その権限を委譲された人からの任命もある。その任命の形式は、親任は天皇自ら任命、勅任は天皇の名において任命、奏任は天皇の許可を得ての任命を意味している。判任は役所の長が天皇から権限を移譲されての任命を意味している。
  判任官は下士官と准士官
  奏任官は尉官と佐官
  勅任官は少将と中将
  親任官は大将

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