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2015年11月 2日 (月)

知らなくてよいことと知らなくてはならないことーーこの100年の日本

 世の中知らないことの方が、知っていることよりはるかに多いことは知っている。だから、ほとんどの人にとって、ほとんどのことが知らなくてもよいことだろう。そうした中で、何かを知りたいと考えるのなぜだろう。

 それが趣味、仕事、あるいは勉強といったことなのか。それ以外に社会常識として知っておかなければ自分の生活が立ち行かないものごともある。今の日本で気になるのは、その社会常識の範囲がはっきりしないことだ。

 敗戦70年談話で、安倍(アホ)首相は、後の世代に謝罪をさせたくない、という趣旨のことを書いている。今から150年近く前の明治維新を迎えるに、薩長と会津は戦争をした。その軋轢は現在も続いているのだろうか。

 鹿児島県や山口県さらには高知県などの、明治新政府の中核となる人材を供給した県の出身者は上記の軋轢を知らずに会津と深く付き合うことを考えるべきではないと思う。これは社会常識か、それとも僕の思い込みか。今から70年前、敗戦のころまでは上記の軋轢は社会常識としてあった。

 それからすると、県と県の対立は100年程度は持続するということだ。国と国だとどうだろう。100年、1世紀がひとつの目安だろうか。

 となると、日本とアジアの国々の間の軋轢も今世紀の半ばころまではしっかり存在し続けるということになるだろう。アジアの中の日本人が1945年までの日本のアジアでの振る舞いに無知なまま、他のアジア諸国と親密かつ有効的に付き合うことができるのだろうか。そう考えると、日本の敗戦までの日本の振る舞いを知らない、それを知ろうとしないというのは、他のアジアの人々から嫌悪され、それ以外の世界の人々から軽蔑されることだろう。

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