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2012年9月30日 (日)

安倍、期待しない、がするを上回る――彼は大学教員に向いている

この世論調査は当然の結果だろう。むしろ、意外と支持が多い、日本人は忘れっぽく、夏休みの宿題ができなかった小学生が登校拒否をするように、政権を投げ出したことを忘れているのか、そんなことは小人には誰にもあることなので、気にしないのだろうか。

さて世論調査は「毎日」がやったもので、今日、30日公表された。記事の見出しは以下の通りだ。

<本社世論調査>安倍自民総裁に「期待する」40%どまり
毎日新聞 9月30日(日)19時43分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120930-00000036-mai-pol

本文部分は「安倍氏に『期待する』との回答は40%にとどまり、「期待しない」の55%を下回った」となっている。

安倍の話し方は大学教員のそれに似ていると僕は思っている。それは大学教員の特技は、どうでもよいことをさも重要なことのように話すことであり、簡単なことをごちゃごちゃこね回して、訳の分からない話にすることだ。その意味で、安倍の話しを聞いていると、こいつは大学の教員に向いているのではないか、と考えてしまう。

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2012年9月29日 (土)

ここまで腐敗がひどいのか、中国は

以下の見出しは今日、29日の「日経」だ。

高まる庶民の不満、「人肉検索」で役人の腐敗を摘発
きっかけは悲惨な事故現場で談笑する姿だった

http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20120925/237253/?nktop

記事の中身は役人の不正蓄財と、民衆がネットを駆使して暴いた実態だ。民衆が不正を暴くきっかけとなるのは、見出しの例以外に、高級な煙草を吸っているとか、ブランドものを複数持っているなどの疑惑だ。

談笑していた役人「楊達才の自宅からは現金800万元(約1億円)と評価額で7000万元(約8億7500万円)相当の物品が見つかった」という。楊は「陝西省安監局局長兼党組書記であった。省政府の安監局局長であるから日本ならさしずめ県庁の労働局長に相当し、労働安全および労働基準などに大きな権限を持っている」。

「日経」の記事だと彼は特別ではなく、他にいくつも類似の例があるようだ。8億円を超す物品は、上役への貢ぎ物なのだろうか。

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2012年9月28日 (金)

放射能汚染土……出したところに戻すのが筋かな

これまでに栃木県矢板市と茨城県高萩市に、放射能汚染土壌の最終処分場を作りたいと国が打診したところ、大きな反発を受けている。当然の反応だろう。どちらの市民も、どこかに処分場を作る必要があることは分かっているが、それが何故自分の町なのか、という当然の思いがある。

これが汚染度と比べものにはならない高い放射能を持った使用済み核燃料だとどうなるだろう。核燃料再処理施設からの廃棄物だったらどうなるだろう。

汚染土については出したところに戻す、ということにするべきではないのだろうか。その場合、関東各県から東京電力福島第一原子力発電所まで移動する必要があり、移動路沿線に住む人たちには迷惑だろうが、一時のことなので安全を確保して移送することになる。

今後貯まる使用済み核燃料なども、最終的には使ったところ、廃棄物を出したところ、つまり現在の各原子力発電所および再処理施設をとりあえずの保管場所にすることになるだろう。最終的には10万年、プルトニウムなら24万年、安定に保管できる場所を確保してそこに移送することになる。日本にそんな安定的な地盤を持った場所はあるのだろうか。そのあたりから、原子力発電所の再稼働は考えるべきなのだ。

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2012年9月27日 (木)

泥鰌と金魚ーー野田と安倍

昨日、26日、自民党は一般党員の多数の意志に反し、安倍を総裁にした。また元の派閥政治に戻ろうとしているようだ。

僕の連れ合いは、これからは「泥鰌と金魚」ねと言っていた。金魚は安倍に対する、特に昨日の締まりのない記者会見を見ての、嘲りを込めた呼び方だ。泥鰌と金魚だと、党首討論などは成立するのだろうか。これがもし、自民党員多数の意中の人、石破だと、「泥鰌と鯰」で党首討論も期待が持てそうだった。

今回の自民党総裁選挙の経過と結果にニューヨークにいる野田は安堵しただろう。国内の敵の失策に油断せず、国外の敵、相手に油断なく、しかし大人の対応で、向かってもらいたい。

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2012年9月26日 (水)

『戦後日本の科学運動』

今日、26日、こぶし書房から廣重徹さんの『戦後日本の科学運動』が送られてきた。この本は昔、1960年に初めて中央公論社から出版されたものだ。その後1969年に同社から再度刊行された。今回の三度目の刊行は、これまで日本の古典を復刻している、こぶし文庫の一冊としてのものだ。

こぶし文庫とするにあたり、解説を吉岡斉さんが書いている。とてもよい解説だ。1960年に刊行された本が今再刊されることにこの本の重要性はよく示されている。それを前提に吉岡さんは率直にこの本の不十分性を指摘し、それを踏まえた今後進むべき方向を示している。

廣重さんは1975年1月に亡くなっておられるので、想像するだけだが、吉岡さんの解説をきっと喜んでいると思う。彼はこうした正面からの批判を歓迎していた。ただ、彼にとっては吉岡さんの真っ当な批判にこの世で彼に応えることができないことだけが残念な点だろう。

吉岡さんにとっても、僕にとっても、『戦後日本の科学運動』は教科書であり続けている。それがこのようなかたちで、入手しやすいかたちで刊行され、若い研究者、また現代の原子力をはじめとする科学技術の有り様に関心を持つ人にとって読みやすく、手にしやすくなったことを喜ぶ。

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2012年9月25日 (火)

なぜ会って話して教えないのだろう

以下の見出しを「毎日」に見て良いことだと思った。しかし本文を読んで、最後を読んでがっかりした。

橋下市長:元慰安婦と「お会いしたい」
毎日新聞 2012年09月25日 12時30分(最終更新 09月25日 13時09分)
 大阪市の橋下徹市長は25日、従軍慰安婦に関する橋下氏の発言の撤回や謝罪を求めている元慰安婦の女性と「お会いしたい」と述べ、要望があれば面会に応じる意向を示した。
 橋下氏は8月、「慰安婦が軍に暴行、脅迫を受けて連れてこられた証拠はない」「(証拠があるなら)韓国の皆さんに出してもらいたい」などと述べた。
 これに対し、大阪市内の市民団体が24日、発言撤回と被害者への謝罪を求める抗議文を市に提出。ソウルに住む元慰安婦、金福童(キム・ポットン)さん(86)も来日し、橋下氏への面会を求めたが、市の担当者に拒否されたという。
 橋下氏はこの日、「(24日は)休日でお会いできなかった。慰安婦の方の意見にもしっかり耳を傾けないといけない」と釈明。ただ、「証拠がなかったら事実を認めることはできない」と従来の主張は変えなかった。
 金さんは「謝罪したいというならともかく、話を聞こうというだけなら面会する必要はない」と話した。
【原田啓之、林由紀子】
http://mainichi.jp/select/news/20120925k0000e010180000c.html

なぜ仲間内でしか話をしないのだろう。残念だ。

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2012年9月24日 (月)

原発の温排水は環境を破壊する

今日、24日の「神奈川新聞」に「原発停止で生態系戻る 高浜周辺 温排水なく、南の生物死滅 京大が調査」という見出しの記事が出ていた。本来生存しないはずの南方の生き物が住み着いていたが、福島第一原子力発電書の事故後、高浜原子力発電所が停止していたため、それらが死滅し、その海域本来の生態系が戻ったということだ。これは夏前に別の報道で読んだ記憶があるが、多分ネットだったのだろう、今日紙面でしっかり読み改めて、原発はCO2を出さないと宣伝されているが、毎日出し続ける温排水は確実に、環境に悪影響を与えている。

同じようなことが若狭湾での養殖漁業でも起きている。こちらは、原発の温排水によって海水温が上昇していることを利用して、シマアジなどを養殖しているが、三分の一が冬を越せなかったという。

温排水を利用して魚を育てるとは、原子力発電所が地域経済をどれだけ自家薬籠中のものにしているかを実感し、脱原発の道は一筋縄ではいかないであろうことを予感する。しっかり脱原発の道を開拓したい。

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2012年9月23日 (日)

脱原発の金曜デモに警察が口を出したら……中国に未来はあるか

ここ何日間か、中国における日本を標的にしたデモはほとんど起きていないらしい。日本のマスコミは、中国政府が押さえ込んでいるのだと報道している。日本のマスコミには、国民を抑圧する、デモを押さえ込む問題をとんでもないこととして、取り上げてもらいたい。

国民抑圧の一環として、中国各都市の警察は国民の携帯電話端末に、デモに参加せず、仕事や勉強に励もう、というメールを送りつけているのだという。金曜デモで日本の警察が日本の市民にそんなメールを送りつけたらどうなるだろう。当然日本のマスコミは市民の権利抑圧として問題とするだろう。そして僕たちはそのメールに応えて、これまで時間その他の都合で金曜デモに参加できなかった人も、予定を繰り合わせて参加することになり、大いに盛り上がるだろう。それが市民の対応だ。

中国政府が国民のデモを規制しているのは、実は規制ではなく、制御しているだけなのだろう。政府の意のままに動かされる国民を動員し、その規模で他国に圧力をかけたつもりになっているのだ。従って、国民のデモを押え込んでいるのは、次に備えて、対象への、日本への憎悪を国民の中に植え付け続ける、灯をともし続けるためだと思っている。それによって中国政府への国民の不満を解消したつもりになっているのだろう。それはそれで心の中に澱のように沈殿していくはずだ。

いくら中国が野蛮な国でも、あれだけ大暴れした国民が一気に、水が引いたようにデモを止めてしまうというのは、不自然だ。少なくとも脱原発の金曜デモのように人びとの自発性に基づいたデモであれば、考えられない。

今中国は曲がり角、あるいは反転の時を迎えているのかもしれない。

1949年の共産党国家成立から1989年の天安門事件までが民主化、非野蛮化への歩みだったのが、1989年6月4日以降、昔の中国に戻っていった。

今がその逆行への極点なのか、もっと落ちていくのか、しっかりと見ていきたい。

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2012年9月22日 (土)

原子力規制委員会の権限

誰の、どの機関の質問だったのだろう、民主党代表選挙後の記者会見を見ていたが、その点記憶がない。記憶にあるのは野田首相の答えを聞いて、意味のある答えを引き出したよい質問だと思ったことだ。以下はそれに関する昨日、21日の「日経」の見出しと記事だ。

原発再稼働「規制委が主導を」 首相 
委員長の見解否定
2012/9/21 20:25
 野田佳彦首相は21日の記者会見で、原子力発電所の再稼働について「原子力規制委員会が主導的な役割を果たす」との認識を示した。規制委の役割は原発の安全性審査にとどまり、再稼働の判断の責任は政府が負うとした規制委の田中俊一委員長の見解を否定した。
 首相は「規制委が安全基準をしっかりまとめたうえで、それに基づいて判断する。これがルールになっている」と述べた。「政治が介入して何かを言うと独立性を損なってしまう」とも語り、再稼働は規制委が判断するとの立場を強調した。
 田中氏は20日の日本経済新聞のインタビューで「再稼働をお願いするつもりは一切無い」と話し、判断の責任はあくまで政府が負うとの考えを示していた。政府と規制委の認識に差があれば、立地自治体や電力会社などが混乱する恐れがある。
 首相は再稼働の時期についても「規制委が判断することだ。時間がかかりすぎだからおかしいと言うことがおかしい」と述べ、あくまで規制委の判断だと強調した。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS21032_R20C12A9PP8000/?dg=1

僕は聞いていて、野田の答えは至極当たり前の内容だと思った。逆に、規制委員会の委員長に、自分で、自分たちで「判断」するという覚悟がないのか、ないのであれば辞めてもらうしかないと思った。この覚悟があるかどうかの点は、臨時国会が開かれたら、首相が議会に諮らずに、反対の意見を押し切って任命した委員長の進退が議論されるだろうが、そのときに質すべき第一の点だろう。

ことの是非は別にして、野田内閣が大飯原発の再稼働を「政治」的に決定したのは、原子力安全委員会が国民の信頼を失い、任務を果たせなかったためだ。原子力規制委員会発足まで待ってというのが本来の姿勢だろうが、野田内閣は再稼働を強行した。そういう余地を与えないために、政治的介入を許さないために、規制委員会の、また委員長の権限を明確にしておくことが必要だろう。

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2012年9月21日 (金)

原発事故の故郷へ帰れるのだろうか

以下は今日、21日の「産経」の記事とその見出しだ。

「5年間帰らない」を可決 原発立地の大熊町議会
2012.9.21 15:38
 福島県大熊町議会は21日、東京電力福島第1原発事故で役場機能を移した同県会津若松市で9月議会本会議を開き「5年間は帰町しない」とした第1次復興計画案を可決した。
 第1原発がある大熊町は、町民約95%が住む地域が長期避難を余儀なくされる「帰還困難区域」に再編される見通し。残された地域だけでは生活が成り立たないとして「5年間は帰町しない」と明記した。
 町は「仮の町」や中間貯蔵施設など、状況の変化に合わせ2次、3次の計画を立てる方針。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120921/dst12092115390004-n1.htm

「5年間は帰町しない」ということは分かるが、それは6年目に帰町できることは意味しない。どんな根拠があって5年間なんだろう。チェルノブイリなどの例を見ると森林の汚染は5年経っても、25年経っても除去が進まない。

「仮の町」はどこに作られるのだろう。大熊町の住民は住民税をどこに払うのだろう。仮の町(大熊町)なのだろうか、それとも仮の町の居候先の市町村だろうか。居候先で住民サービスを受けるのだから、その分を大熊町が負担するのだろうか。それともすべての経費は東京電力持ちで、6年目を夢見て大熊町は仮の町を運営し、町民も一緒に夢を見るのだろうか。

僕くらいの年寄りはそれでよいかもしれないが、小中学生のいる家庭や若い人々は、当面の生活保障が得られるなら、今避難している市町村に住民票を移すのではないだろうか。そう考えると、仮に6年目以降に故郷に帰れることになったとして、どれだけの人が戻ることになるのだろう。

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2012年9月20日 (木)

漢字を忘れる

漢字や忘れる、くらいなら書ける。しかしここ20年くらいの間、ワープロやパソコンを使い始めてから、書ける漢字がどんどん少なくなっている。そうした一般的傾向を文化庁の調査が裏付けている。以下は今日、20日のヤフー(時事通信配信)の見出しと記事だ。

「漢字書けない」、6割超=情報機器普及で大幅増―文化庁
時事通信 9月20日(木)17時6分配信
 携帯電話などの情報機器や電子メールの普及で、漢字を正確に書く力が衰えたと感じる人が66.5%に上り、10年前より25ポイント以上増えたことが20日、2011年度の文化庁の国語に関する世論調査で分かった。

 同庁国語課は「機器の普及を反映し、今後も増えると予想され、大きな課題だ」としている。
 調査は2~3月、全国の16歳以上の男女を対象に面接方式で行い、2069人から回答を得た。

 機器の普及による情報交換手段の多様化が、日常生活に与えた影響について尋ねた。その結果、年代別では40代で「漢字を書く力が衰えた」と感じる人が最も多く、79.5%に上った。

 同じ質問をした前回の01年度調査では、30代の57.7%が最多だったが、今回は20代から50代全てで7割を超えた。「特に思い当たらない」は21.4%から7.7%まで減った。

 一方、「口頭で済むことでもメールを使うようになった」は29.5%で、「直接人と会って話すことが面倒くさく感じるようになった」も18.6%いた。それぞれ12.3ポイント、7.3ポイント増加しており、対話や意思疎通の方法にも影響を与えている可能性がある。

直接会って話すのではなく、あるいは電話でもなく、メールで済ます。確かにメールは便利で、時差を気にする必要なく連絡が取れる。何かやっていても無理矢理つき合わされる電話より遥かに快適だ。しかし電話で、あるいは直接会って顔を見ながら話さなければ伝わらない情報がある。そうした情報こそが重要で、伝えたい、あるいは入手したいものであることが大部分だ。

メールだけで済ませていると、物事は「だいたい分かる」=何も分かっていない、まま進んでいくのではないかと思っている。

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2012年9月19日 (水)

19回目の延期――核燃料再処理工場

またまた延期となった。当初完成予定の97年から遅れること、とりあえず16年ということになる。僕はこのまま完成させずに、核燃料サイクルという方針を変え、再処理工場として建設されている施設を別の目的に転用すべきだと考えている。それが経済合理性を考えたときに残る唯一の選択肢だ。

19回目の延期を伝える記事がいくつか出ている。そのうちの一つが以下の「毎日」の見出しと記事だ。

<日本原燃>核燃再処理工場、完成を1年延期
毎日新聞 9月18日(火)19時29分配信
 青森県六ケ所村で試運転中の使用済み核燃料再処理工場について、日本原燃(本社・同村)は18日、完成予定時期を1年延期し、来年10月にすることを決めた。19日に工程変更を県に届け出る。工程延期は10年9月に次いで通算19回目。当初97年完成を目指していたが、トラブル続きで大幅に遅れている。


 再処理工場は試運転の最終試験中。使用済み核燃料からプルトニウムを取り出した後に出る高レベル放射性廃棄物をガラスと混ぜて固化する試験だが、終了まで半年以上かかる見込み。完成には、19日に発足する国の原子力規制委員会の審査も受ける必要があり、原燃は大幅延期が避けられないと判断した。

 原燃は06年から試運転を始めたが、溶融炉が貴金属や炉壁のレンガで詰まるトラブルが度重なった。10年9月の延期では完成予定時期を2年遅らせ「12年10月」としていたが、東日本大震災で試験が中断した影響もあり、工程が大幅に遅れていた。
【酒造唯】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120918-00000054-mai-soci

今日、19日、原子力規制委員会が発足したが、彼らは原子力の科学・技術的危険性をコントロールすることが仕事で、プルトニウムを貯め込む社会的国際的危険性や核燃料サイクルのコストという経済的見通しの暗さなどを議論することは期待されていない。それは政府の仕事なのだろうが、政府はどうやら1930年代に脱原発という、今のまま原発を推進すればそうなるという見通しすら反古にするらしい。

今日本がなすべきことは、日本国内での原発の延命をはかるのではなく、脱原発を進めるドイツやイタリアなどのヨーロッパ諸国と協力して、廃炉のための、核廃棄物処理のための技術開発を進めることだ。そのために国内の原子力発電所を使い、施設の廃棄処理と廃棄(廃炉)のための研究開発を進めることが合理的方策だ。それこそが科学・技術を中心とした日本の成長戦略だ。

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2012年9月18日 (火)

今日でおしまい――原子力安全・保安院

今日、18日で経済産業省の原子力安全・保安院が廃止となる。人によっては原子力危険・不安院と呼んでいた。一緒に、内閣府原子力安全委員会も廃止となる。今後これらの組織が受け持っていた仕事は原子力規制委員会とその事務局、環境省の外局、原子力規制庁が担うことになる。しかし仕事の方向は全く違うはずだ。

今日までは、原子力は安全ということを前提にした行政で、今後は危険を前提にしたものとなる。いわば哲学が性善説から性悪説に変わるはずだが、どうなるだろう。「はず」を実行させるためには僕たちの普段の監視と激励が必要だ。

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2012年9月17日 (月)

オスプレイを飛ばしたいのは誰?

オスプレイに関して興味ある記事をふたつ見つけた。ひとつは「沖縄タイムス」で以下がその見出しと記事の一部だ。

NYタイムズ社説で「沖縄のオスプレイ」
 【平安名純代・米国特約記者】米紙ニューヨーク・タイムズは15日、「沖縄のオスプレイ」と題する社説を掲載した。何万人もの県民が抗議集会に集い、海兵隊垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの米軍普天間飛行場への配備反対を訴えたにもかかわらず、県民の声に耳を傾けない米政府を厳しく批判。米軍基地の過重負担に苦しむ県民にとって、配備は「傷口に塩を塗り込むものだ」として、負担軽減は同機の県外配備から始まると主張した。

(以下省略)
http://article.okinawatimes.co.jp/article/2012-09-16_39030

もうひとつは「産経」で以下がその見出しだ。

自衛隊にオスプレイ 幻に終わった極秘計画
2012.9.17 12:00
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120917/plc12091712010007-n1.htm

県民の声に耳を傾けないのはNYタイムズが言うように米国政府だけではなく、日本政府もだ。「産経」の記事を読むと、日本政府の頑迷な態度の根底にあるのは、日本政府としてオスプレイを沖縄に配備したいと考えているからではないのだろうか、と考えてしまう。

政府は配備を進めるには日中間の摩擦が高まることは悪くないと、判断しているのだろうか。政権がふらふらしている今の時期に「エイ!ヤー」と事を進めるのは、一般的には拙速と言う。

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2012年9月16日 (日)

広い道路は街を滅ぼすのでは――酒田で考えた

今回酒田に行って、農地の中にそびえ立つショッピングモールの巨大さに驚いた。そしてその影響であろう酒田の街の中心部の衰退を強く感じた。衰退の印象を特に強めるのは、車の少ない広い道だ。

僕の印象では、車の道を整備することで、車を持っている人々をショッピングモールに誘導し、それが中心部の商店街の黄昏をもたらしている。道の両側の商店は軒並みシャッターを下ろしていた。それでも道路の拡幅工事は続き、広い道の整備が進んでいる。

商店街の真ん中を道路が通っていることで、人の流れが一方的になり、あの店この店とジグザグに訪れる楽しみが奪われている。

日和山公園とか山居倉庫周辺それに本間旧邸などは情緒があるが、それ以外は寂れた中心商店街、そこを横断する車の少ない道路、あちこちで続く道路工事、そして唯一威風堂々としているのは市役所などの公共建築。一言で言うと、土建市制に滅ぼされた町並み、という印象を持った。これは公共事業を進める地方自治体にとっては避けられない道なのだろうか。

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2012年9月15日 (土)

ミサイル攻撃に耐えられる原発

昨日、14日の夜7時のNHKニュースで自民党総裁選挙の立候補者5人の考え方を問うコーナーがあった。その中で候補者の一人、石破茂は原子力発電は安全を確保した上で維持すべきとしていたが、彼は「安全」について「テロやミサイル」に対しても備えた上で、としていた。

今の日本周辺の状況を考えると、日本の原子力発電所が周辺国のミサイル攻撃を受ける可能性は、考えるべき危険性の一つだ。対ミサイル安全策として何があるのだろう。ハード的には原子炉格納容器およびそれ原子炉建屋をミサイルにも耐えられる頑丈なものとすることだ。その亜種としては、岩陰やトンネル内に原子力発電所をもうけることも考えられないわけではない。

ソフト的には、ミサイル攻撃を受ける潜在的危険性を低くすることだが、それは今の日本政府の外交力で可能だろうか。可能だとしても、日本の原子力発電所の場合、地震の問題、特に建設にあたり無視されてきた断層の存在を考えると、安全が確保できる原子力発電所などあるのだろうか、と思う。

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2012年9月14日 (金)

自民党総裁選挙

今日、14日、自民党総裁選挙に立候補した5人が共同記者会見をやっていた。質問がよくないせいか、答にあまり差はなかった。その意味では誰がやっても大差がなく、それで5人も立候補したのかなとも思える。また5人の差は、政策ではなく、すでにかつての派閥はないと言いながら、党内の人間関係なのかなとも思えた。

感想を二つ。安倍がかつて首相を務めた経験を生かしといっても、自ら投げ出したことを思い出すと、そんな経験に何か意味があるのか、と思ってしまう。もう一つ、これはテレビ中継のよいところだが、石原幹事長の落ち着きのないことだ。他の4人と比べ、一人だけいわゆる多動児のようにきょろきょろし、顔をあっちに向けたりこっちに向けたりしていた。

発言の中身に刺激や新鮮みがないので、そんな瑣末にことに目が行ってしまった。

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2012年9月13日 (木)

偶像崇拝?幻想に浸る?

2011年3月11日の津波を生き延びたように見えた松を保存するらしい。しかしこの松は実際には生き延びてはいなかった。生き延びたと見えたのは、そう願った人々による思い込みによるものだった。

従ってそのまま放置しておくと倒れて危険なため、切ることになった。それで終わりのはずが、復興のシンボルとして、樹脂加工して、複製を作成して、それを現場に設置するのだという。

本当は枯れてしまった木を、あたかも枯れていないように考えても、所詮枯れ木の複製であり、そんなものが復興のシンボルとなるのだろうか。むしろ実体のないものにすがるという幻想の拡大であり、精神的にも不健康なことだと思う。残すべきは被害の実態・実際を伝える、枯れ木そのものであり、建物に乗り上げた船であり、多くの人がそこで命を落とされた施設だと考えている。何がそこで起きたか、その記憶を継承するための「物」を残すべきだ。

長崎や広島の原爆の遺跡にはそうした意味があると思う。核被害からの復活のシンボルは核被害者一人ひとりがそれぞれ自分独自のものを心に持っており、それがあるから皆戦後を生き抜いてこられたのだと思っている。

復活のシンボルを行政から押しつけらのは僕は真っ平ご免だ。

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2012年9月12日 (水)

小倉金之助ーー酒田出身の科学史家

小倉(1885-1962年)は数学から数学史に進み、科学史家となった人物だ。酒田に来て彼がこの地に生まれた人であることを思い出した。彼は科学史を発明発見物語から歴史研究の一分野として確立した人として評価されている。

彼が生まれたころの酒田は北前船などで栄えていた。今も港町で海鮮市場などの観光施設はあるがあまり人は入っていない。道は広いがガランとし、駅前の道路や中心部はシャッター通りとなっている。

街からだいぶ離れた農作地帯の真ん中でどでかいモールが営業していた。これでは街の中心部がさびれるわけだと実感した。

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2012年9月11日 (火)

発電用風車

酒田のホテルの窓から発電用風車がいくつか見える。10基ほど確認できる。全部が回っているわけでなく、いくつかが意図的に止められているようだ。昨日、10日に止まっていたものが今日動いており、昨日回転していたものが今日止まっているので、意図的な、保守などのための停止と判断した。

空港、庄内空港からホテルまでの間でもいくつか発電用風車を見かけた。これは山形県が風力発電に熱心ということだろうか。

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2012年9月10日 (月)

酒田に来ている

今日、10日から酒田に来ている。ずっと昔から、学生時代から来たいと思っていた街だ。

明治期につくられた山居倉庫を見学した。風格と趣のある木造の建物だ。また風よけに植えられたけやきが大きく成長し、風情のある景観を作り出している。

昨日の天気予報では傘がいるかと思ったが、よく晴れ、気温は32度まで上がった。暑いのは疲れるが、雨よりはよい。さて明日はどうだろう。

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2012年9月 9日 (日)

核燃料サイクルを止めるための歩みがすでに始まっていた

以下の見出しと記事は今日、9日の「長崎新聞」が伝える「共同通信」のスクープだ。僕が読んでいる「神奈川新聞」の紙面にはより詳細な記事が出ており、核燃料サイクルを止める一歩を踏み出そうと提案した首脳部、それを押し止めた経産省の役人の名前が明記されている。

核燃料「全量再処理」放棄に抵抗 原子力委案に経産省(09/08 19:42)
 使用済み燃料を全量再処理してプルトニウムを抽出する核燃料サイクル政策の見直しで、政府の原子力委員会の首脳部が6月半ば、使用済み核燃料の「全量再処理」路線を放棄する案を作成したが、経済産業省や電力業界関係者の抵抗で断念したことが8日、分かった。使用済み燃料の扱いとして全量再処理の選択肢は残ったが、原子力政策を担う専門家組織内で全量再処理を排除する案が作られた事実は今後の議論に影響を与えそうだ。
 原子力委が共同通信の請求で開示した約千ページの文書や関係者の証言で判明した。

http://www.nagasaki-np.co.jp/f24/CO20120908/sc2012090801001860.shtml

合理的な判断ができる人であれば、使用済み核燃料の全量再処理、すなわち核燃料サイクル政策の中止は当然のことだ。多くの人々、僕も含む、が2011年3月11日以前からそのことを指摘していた。理由は、コストがかかる、今でも原子力発電のコスト計算には不透明な部分が多いが、いつ本格稼働するか全く不明確な核燃料サイクルにしがみつくことで、コスト計算をより一層分かりにくくすることがひとつ。もうひとつは、再処理により原爆の原料となるプルトニウムを貯め込むことと、ウラン濃縮とは比較にならないレベルの環境汚染の可能性を高めることだ。

日本の国際的地位向上に必要なのは原爆を持つことではなく、日本のイニシャティブで日本周辺を非核地帯とすることだ。以前書いたことだが、日本はその領土的特質から、要するに狭いために、5発の原爆で攻撃を受けると壊滅する。それを考えると、日本は核を保有するのではなく、周辺国にも核を持たせない外交努力をすることが生き残る、そして世界で尊重される道となる。

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2012年9月 8日 (土)

間違った政策、核燃料サイクルのつけのひとつ

以下の見出しと記事の一部は今日、8日の「読売」だ。

六ヶ所村議会、使用済み核燃料搬出求める意見書
 政府が将来の原子力発電の比率をゼロにする方向で検討していることに対し、使用済み核燃料再処理施設が立地する青森県六ヶ所村の村議会は7日、核燃料サイクル政策が撤回された場合、村内に貯蔵されている使用済み核燃料の搬出などを国に求める意見書を全会一致で可決し、野田首相らに送付した。

(以下省略)
(2012年9月8日14時55分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120907-OYT1T01268.htm

日本しか追求していない愚策、核燃料サイクル政策のために貯め込んだ使用済み核燃料は青森県だけではなく、各原子力発電所のサイトにも在庫が積み上り、もうすぐ飽和状態となる。六ヶ所村は核燃料サイクル施設が立地している村だが、その中心となる再処理工場はこれまで完工予定が何回も延期となり、建設費は当初予定の3倍弱の2兆2千億円弱にふくれあがっている。いつ本当に完工となるのか、見通せない状況である。

こうした状況から、自民党政権の時代から、愚策である核燃料サイクルは無理で、結局六ヶ所村は核のゴミ捨て場になるのではないか、と危惧する人が多かった。僕もその一人だ。

世界的に原子力発電所が建設され、運用され続ければ、使用済み核燃料の処理を地球規模で進めなければならなくなる。その問題は、地球温暖化に関連する温室効果ガス排出の削減以上に重要となるだろう。今ガス排出権取引が行われているが、使用済み核燃料についても同様の枠組みが必要となるだろう。日本は脱原発を進め、使用済み核燃料処理の枠を他国に売りさばけるような立場を確保する、というのが当面の目標となるだろう。

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2012年9月 7日 (金)

日本の科学技術ーー原発依存は衰退への道

以下の見出しと記事の一部は今日、7日の「東京新聞」からだ。

再稼働不要裏付け 今夏消費5~11%減
2012年9月7日 07時12分
 政府は、関西、四国、九州の三電力管内に求めた夏の節電の数値目標を七日午後八時に解除する。家庭と企業に節電の意識が浸透。実際の消費電力は電力各社の事前の予想を大きく下回った。中でも「15%の電力不足に陥る」と主張していた関西電力の需要予測は過大だったことが明らか。専門家からは「大飯原発(福井県おおい町)の再稼働は必要なかった」との声が出ている。 (吉田通夫)
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2012090790071233.html

日本では景気浮揚策として伝統的に「公共事業」という土建工事を行ってきた。景気浮揚のために自然を破壊することに税金をつぎ込んできた。それはバブル崩壊後一層加速された。その結果として、国の借金は増え続け、現在も増え続けている。

原子力発電所の建設やその稼働も公共事業の一種だ。金を借りて施設を作り、電気料金から借金を支払う。これで済めば問題は少ないが、使用済み燃料や稼働終了後の施設をどうするという大問題は未解決のままだ。これらがいわば不良債権として積上りつつある。核燃料サイクル推進ということで再処理のために貯め込んだ使用済み核燃料が各サイトで滞留している。これが飽和状態になると、原発の運転はできなくなる。

こういう状況で原発を運転し続けることは、従来の公共事業同様「後ろ向き」の国を弱体化する愚策だ。脱・反原発が国民の多数派となった今、国を強化する科学技術的な方策は、人々と共存できる新エネルギーの開発であり、それ以上にエネルギー消費を減らす技術の開発だ。

僕は原子力発電技術は原爆開発の残りかすをしゃぶるようなものだと思っている。だから多分、科学技術として何か新しいことをやりたい科学者や技術者にとって原子力発電技術は魅力に乏しく、それゆえ挑戦的で能力のある若者はこの分野に進むことはないだろう。むしろ新エネルギー開発や新省エネルギー技術の開発は魅力的で人類史的に意味のある挑戦だ。

僕はここ数十年の長さで考えたとき、省エネルギー技術開発こそが日本の科学技術の生きる道だと判断している。

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2012年9月 6日 (木)

原子力ムラの論理?

何故見たい、視察したという希望を断るのだろう。脱原発を主張する人たちが視察したいというのは、電力会社にとっては、もし本当に安全で必要であると自覚しているなら、それを説明し説得する絶好の機会ではないか。それをミスミス自ら放棄する。実際のところ、電力会社は原子力発電の必要性や安全性に確信が持てないのではないだろうか。それで、反対側の人にいろいろ聞かれるとボロが出ることを恐れているのではないか。

これぞ仲間内だけで物事を進める「ムラ」のやり方だ。以下は今日、6日の「毎日」の見出しと記事だ。

北陸電力:志賀原発の社民党視察、お断り
毎日新聞 2012年09月06日 00時16分(最終更新 09月06日 02時25分)
 北陸電力(本店・富山市)が8月下旬、社民党の福島瑞穂党首らによる志賀原発(石川県志賀町)視察の申し入れに対し、「原発の必要性に理解のない方への対応は難しい」として拒否していたことが分かった。同党は抗議を検討している。
 社民党全国連合事務局が8月29日、北陸電力東京支社に電話で視察を申し入れ、断られた。同社地域共生本部は「津波対策の工事や地層の調査で現場が多忙な上、見学要請も多い。原発の必要性に理解をいただけない方なら、優先順位は低いと判断した」と説明する。
【横田美晴、宮本翔平】
http://mainichi.jp/select/news/20120906k0000m020110000c.html

それにしても社民党は見くびられたものだ。説得の対象でもないのだろうか。

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2012年9月 5日 (水)

トラックバック

先週火曜日、これは実験ですとしてアップした「原発をやめる、脱原発のために書いているけれど」の報告です。

試してみたかったのは、最近トラックバックが多いが、ほぼ99%はすぐに除去するようなものばかりなので、タイトルによって機械的に行われているのかどうか、ということだった。僕の実感では、原発関係のことを書くと、そういうすぐに除去してしまうトラックバックが多数来た。しかし先週火曜日のものにそうしたトラックバックが特に多かったわけではなかった。他方、水曜日に書いた「小樽」にもそうした類のトラックバックは来た。それらが皆の目には触れないのは、最近、トラックバックを載せるかどうかの判断をニフティではなく、僕がするようになったせいだ。これまでは、ニフティの盲点を突いて表示されてしまう、僕としては載せたくないトラックバックがまれにあった。

何故最近トラックバックが、特に僕としてはすぐに除去するようなものが増えたのか、考えている。こんなことを考えるのは、ヒマ、ということなのだろう。

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2012年9月 4日 (火)

原発比率をめぐる姿勢

最近の政府の世論調査などで見ても、負担するエネルギー関連費用が高くなっても、脱原発を、一日も早い原発の停止、そして廃炉をという人が国民の過半数を超えている。いまや日本で脱原発を願う人は多数派だ。しかし経済界はそうではない。これまでも、多くの国民の希望に反して、経済優先の生産活動を続け、1980年代には世界で米国に次ぐ経済大国になった。しかし国民を犠牲にしての経済活動は歪であり、脆弱だったようだ。それがバブル崩壊後の長期低落傾向だ。

日本の経済界は相変わらず国民世論を無視し続ける態度を採るようだ。以下はいずれも「日系」の見出しと記事だ。

日商会頭、原発比率「選択肢の前提の検証を」
2012/9/4 16:51
 日本商工会議所の岡村正会頭は4日の記者会見で、政府が示す2030年の原発比率(0%、15%、20~25%)について、「選択肢の前提をもう一度検証してほしい」と要請した。原発依存度の引き下げで「(火力発電の燃料となる)ガスや石油への依存が進めば資源の安全保障面で問題が生じかねない」と指摘。「原発を持ち続けることは重要」と述べた。〔日経QUICKニュース(NQN)〕
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFL040G3_U2A900C1000000/

同友会代表幹事、原発比率ゼロ「反対の立場変えず」
    2012/9/4 13:49
 経済同友会の長谷川閑史代表幹事は4日の記者会見で、将来の国内の原発比率ゼロが議論されていることについて「懸念しており、反対の立場は変わらない」と述べた。脱原発依存の方針を明確にするのであれば、「政府は国民の生活や経済に悪影響がないことをしっかりと説明する責任がある」と強調した。〔日経QUICKニュース(NQN)〕
http://www.nikkei.com/article/DGXNNSE2IEC03_U2A900C1000000/

日商と同友会の主張は表面的に似ている。しかし同友会代表幹事の長谷川は武田薬品の出身であるのに対して、日商会頭の岡村は、原発企業の東芝出身だ。出身母体を気にしない人はどれだけいるのだろうか。脱原発を考えている、今や日本で多数派となっている人々は、東芝出身の会頭の原発維持の主張に違和感を覚えるだろう。僕は反発を感じている。

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2012年9月 3日 (月)

核汚染廃棄物処理

今日、3日、以下の見出しを見て「何故栃木に?」と思った。本文を読んで、これまでに栃木県内で出た核汚染廃棄物の処分だと分かった。国の方針は矢板市の国有林に最終処分場を候補地として調査を進めたい、ということらしい。

栃木は矢板市が候補地 汚染廃棄物の最終処分場
環境省が提示

2012/9/3 12:43 (2012/9/3 13:50更新)
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG0301H_T00C12A9CC0000/

当然のことながら矢板市長は反発している。しかしこれまでの毒ガスの処理などからしても、汚染された廃棄物の移動距離はなるべく少なくするというのが原則だ。その意味で栃木県の廃棄物を同県内のどこかで、ということは理解できる。

それを一般化すると、東京電力福島第一原子力発電所内およびその周辺、さらには福島県内の核汚染廃棄物の処理は福島県で、ということになる。それが現実だと思うが、よりよい選択肢があればそれを避ける必要はない。しかし青い鳥という幻想を追うことで、現実を無視し、避け、問題を先送りすることはそろそろ終わりにし、先に進む必要がある。

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2012年9月 2日 (日)

ポーズとしての反省ではなく、それを生かす道を

少し前の記事だ。以下の見出しと記事を「長崎新聞」(共同通信)に見つけた。

原子力安全条約の特別会合開幕 「勧告対応せず」と日本政府(08/27 18:32)
 【ウィーン共同】原子力施設の安全に関し75の国・国際機関が加盟する原子力安全条約は27日、ウィーンの国際原子力機関(IAEA)本部で、東京電力福島第1原発事故の詳しい実態を踏まえた特別会合を開いた。31日までの日程で、福島の事故を受けた安全策の協議を続ける。
 日本政府は報告書で「IAEAの勧告、助言に十分対応してこなかった」と、原子力規制機関の独立を求める国際社会の声を取り入れなかったことへの反省を示した。
 これまでの条約の会合で日本はたびたび、規制機関の独立の必要性を指摘されてきた。

http://www.nagasaki-np.co.jp/f24/CO20120827/ma2012082701001855.shtml

この記事の見出しは誤解を招く。僕はこの期に及んでも日本政府は原子力問題で国際社会に背を向けているのかと思って、目がいった。実際はこれまで勧告に対応していなかった、という過去の経緯を指摘している。

それはとにかく、日本政府は本当に反省しているのだろうか。これは「この期に及んで」今更突っ張れないので、ポーズとして反省の姿勢を示しているだけではないか、と思う。それは新設される原子力規制委員会の顔ぶれからそう判断している。

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2012年9月 1日 (土)

久しぶりの雨

今日、9月1日夕方、自宅に戻った。小樽は朝1時間ほどしっかり雨が降ったが、我が家の周辺も午後雨が降ったようで、地面が濡れ、気温も東海道線から見えた工場の温度計では28度以下で、北海道に行く前と比べずいぶんと涼しくなった。ありがたいことだ。

このまま秋になるわけではなく、また暑くはなるのだろう。この夏、神奈川県の西部は、箱根を除けば、雨がほとんど降らなかった。9月に入って最初の日に雨が降った。晴れて暑くなったり、雨が降って涼しくなったりをくり返しながら秋になる、というのが例年だが、今年はどうなるか。

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