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2012年5月30日 (水)

自衛隊衛生学校に原爆資料があった

新たに原爆のエネルギーを示すものが、陸上自衛隊の学校で発見されたたという。以下の見出しと記事と写真は今日、30日の「長崎新聞」(共同通信)のものだ。

原爆の熱線跡くっきり 陸自学校で衣服片発見(05/30 05:11)
 原爆の熱線で模様部分だけ焼け抜けた被爆者の衣服の一部が、陸上自衛隊衛生学校(東京都世田谷区)に保管されていることが30日、学校側への取材で分かった。投下直後の広島に派遣された旧陸軍の調査団が持ち帰ったとみられる。
 原爆の熱線被害をはっきり示す衣服は極めて少なく、原爆資料館(広島市中区)は「熱線の激しさを明確に伝える貴重な資料だ」としている。
 同校によると、衣服は縦約18センチ、横約15センチ。白い木綿のうち、熱線を吸収しやすい黒いひし形模様の部分だけが焼けてなくなっている。

Photo
熱線で模様部分だけ焼け抜けた衣服の一部(下)と説明文=東京都世田谷区の陸上自衛隊衛生学校
http://www.nagasaki-np.co.jp/f24/CO20120530/li2012053001000732.shtml

公開されているのだろうか。

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2012年5月25日 (金)

名張毒ぶどう酒事件ーーひどい決定だ

今日、5月25日、1961年に起きた名張毒ぶどう酒事件の再審請求が却下された。再審決定が出るのではないかと期待していた。

1964年12月、津地方裁判所は検察が提出した証拠の矛盾点を指摘し、無罪判決を出した。その後、この判決は高裁や最高裁で否定され、死刑判決が出された。上級審は、津地方裁判所が指摘した矛盾点をいわば屁理屈で解釈し直し、無理矢理死刑判決を導き出した、と僕は思っている。

1948年の帝銀事件捜査の失敗、杜撰な毒物鑑定、が生かされず、使用毒物が曖昧なまま、容疑者が検挙され、起訴され裁判となった。その点を一審はつき、上級審は無視した。今回の決定でも、最初の毒物鑑定の曖昧さが晴れることはなかった。

死刑囚は、凶器が不確かなまま、死刑判決を受けている。何故こんなことがまかり通るのだろう。ひとつは近年その割合が下がっているとはいえ、起訴されると有罪となる割合が90%をはるかに超える、という実態が、不得手な分野、毒物鑑定の弱点を自白の強要や屁理屈で覆い隠す安易な捜査を生み出している。

先週来問題となっている、首都圏の水道水に基準を超えるホルムアルデヒドが混入しそうになった問題で、昨日になって原因物質であるヘキサメチレンテトラミンが数トンレベルで放出されたことが明らかとなった。その結果、今日になって、何処からでたかが解明された。

名張の事件では、ぶどう酒に入れられた毒物の総量、各死傷者が摂取した毒物のそれぞれの量も不明だ。こうした杜撰な物証を津地方裁判所は退け、上級審は受け入れた。裁判所・裁判官の証拠を見る眼が問われているが、今回の高裁裁判官の目も曇っているようだ、国民の一人として残念だし、心配だ。

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2012年5月21日 (月)

電力が足りないは口実

以下の見出しと記事の一部は「日経」だ。

大飯原発、夏だけ臨時稼働「念頭にない」 官房長官
2012/5/21 12:27
 藤村修官房長官は21日午前の記者会見で、橋下徹大阪市長が言及した関西電力大飯原子力発電所3、4号機(福井県おおい町)を夏の電力需要のピーク時に限って再稼働させる案について「臨時的な稼働は念頭においていない」と否定的な考えを示した。
以下省略

本当に夏場の電力不足が原因での原子力発電所再稼働であれば、既に僕も指摘しているが、夏場だけ動かせば事足りるのだ。そして冬、また足りなくなれば、その短期間だけ稼働がすじだ。しかし実態は、電力不足は永続的再稼働の口実で、これを突破口に再稼働を拡大することが目標だ。

図らずも、大阪市長の挑発に乗せられ本音が出てしまった、というところだ。

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2012年5月18日 (金)

21世紀の哲学

ここ数年、学生と一緒にラッセルの『西洋哲学史』を読んでいる。学生のバックグラウンド・関心などによって読み方は変わってくる。僕自身、改めて僕にとっての哲学を考えている。

ここで言う哲学というのは、学問としての哲学ではなく、人が生きていく上で必要な、どう生きるか・何故生きるかを考える場合の背骨のようなものを意味している。だから人それぞれの哲学があり、特定の考え方を学ぶ・押し付けることはなじまないだろう。その自由度は倫理や道徳以上に広いだろう。

僕自身の関心は、知ることとはどんなことなのか、特に科学や技術の知の社会的意味・インパクトを考えることにある。それはまあ平たく言えば、研究者として僕は何をやってきたのかを顧みることだと思う。どんな自画像が描けるだろうか。

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2012年5月16日 (水)

心地よい散歩

夕方、1時間ほど散歩した。家を出ると植物のこの時期に特有のむっとする新緑・若葉のにおい、浜に行くと磯のにおい、とても気持ちがよかったのでついつい長い時間歩いた。そのためか、夕食後横になっていたら左足が軽くつった。

夕焼けが空一面という感じではなく、むしろあちこちが赤く染まり、夏の空を思わせるダイナミックな感じだった。散歩中空はきれいに晴れ渡り、青空もきれいだった。これではどうしてもできるだけ歩きたい、という気持ちになる。

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2012年5月11日 (金)

少しホッとした

以下はさっき、11日午後4時過ぎに見たNHKのサイトの記事と見出しだ。

神栖ヒ素問題 茨城県の責任認める
5月11日 15時45分
茨城県神栖市の住民が、旧日本軍の毒ガス兵器の原料とみられる有機ヒ素化合物に汚染された井戸水を飲んで健康被害を受けたとして、国や茨城県に損害賠償を求めている問題で、国の公害等調整委員会は、茨城県が井戸水の汚染が分かったあとも調査範囲を広げず、住民に周知しなかったのは、著しく不合理な対応だったとして、住民39人のうち37人に賠償を行うよう県に命じる裁定を出しました。
この問題は、茨城県神栖市の住民39人が、旧日本軍の毒ガス兵器の原料とみられる有機ヒ素化合物に汚染された井戸水を飲んで、平成12年ごろから手の震えや頭痛などの健康被害が出たとして、国や茨城県に対して1人当たり300万円の損害賠償を命じるよう国の公害等調整委員会に求めていたものです。
11日、公害等調整委員会が出した裁定では、平成11年に神栖市内の井戸水から環境基準の45倍もの高濃度のヒ素が検出され、相当範囲に汚染が拡大していると示唆されるにもかかわらず、県は調査範囲を広げることなく、さらに周辺住民に高濃度のヒ素汚染を周知しなかったことは、著しく不合理な対応と言わざるをえないとしています。
そのうえで、健康被害を訴えている39人の住民のうち37人について、有機ヒ素化合物と健康被害の因果関係が認められるとして、県に損害賠償を行うよう命じる裁定を出しました。
一方、国については、井戸水の汚染は、何者かが有機ヒ素化合物をコンクリートに混ぜて不法投棄したのが原因で、国の責任は認定できないとしています。

汚染された井戸水で作ったミルクを飲ませていた長男に知能の発育の遅れが出るなど、家族で健康被害を受けている神栖市の青塚美幸さんは、茨城県の責任を認める裁定を聞いて「長男の障害が自分たちのせいじゃなかったということで、すごく気持ちが楽になりました。茨城県には、どんな形であれ謝罪してもらいたいし、これから障害が進んでいくことも考えられるので、しっかりとフォローしてもらいたい。委員会で審理しても無駄ではないか、という思いが強かったが結果がこういうふうに現れてすごくよかったと思う。これを機に、もっと前を向いて歩いていきたい」と話していました。
また、住民側の南典男弁護士は「茨城県に対しては全面的に主張が認められたと考えている。県には裁定を謙虚に受け止めもらい、裁判を起こすようなことのないよう求めていく。国は現在、暫定的な支援を行っているが住民の健康不安があるかぎり、継続的に支援を行える仕組みを整えるよう、国と話し合いを進めていきたい」と話しています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120511/k10015053131000.html

青塚さんの母親としての思いは当然だろう。国には毒ガス原料を敗戦の混乱期とはいえ、民間企業に売却あるいは移管した責任があると思うが、裁定がそこまで踏み込まなかったのは、外国への遺棄化学兵器の問題があるからかなと思う。そん点残念な裁定だ。

それでも県の責任を認めたことで、今後青塚さんのお子さんへの継続的支援の道は開かれたのかな、と思う。

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2012年5月10日 (木)

停電

今日、10日、昼前から雷鳴が轟き始め、雨も降り始めた。雷雨がひどかったのは1時ころで、2時過ぎにはだいぶ収まったのだが、その落ち着いたかなと思い始めたとき、停電となった。大学院生とゼミ中だった。

そのとき学生と話したのは、パソコンはどうなっている?だった。僕のはメールを見ていただけなので問題はない。学生たちも院生室においてある自分のパソコンは電源を切っていた、ということで一同よかったね、ということになった。

停電したとき思わずパソコンを考え、ひやっとした。そして落ち着いて考えて、問題のないことを理解して、しかし文明の利器は「恐いな」と思った。

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2012年5月 7日 (月)

しょう害を持つ子と親にふりかかる偏見

大阪維新の会は率直に発言するので、一部の人たちの意識下の思い、偏見が露出することがある。以下の「長崎新聞」(共同通信)の報道が伝えるできごとはその一例だ。

大阪維新の会、市民団体に陳謝 発達障害めぐる表記(05/07 14:11)
 発達障害がある子の親らでつくる市民団体は7日午後、大阪維新の会が議会提出する方針の家庭教育支援条例案について提出中止を求める要望書を同会市議団に市役所で手渡した。これに対し市議団幹部は発達障害をめぐる規定に不備があったとして「迷惑をかけて申し訳ない」と陳謝した。
 これに先立ち維新の会代表の橋下徹大阪市長は条例案について記者団に「発達障害の子どもを抱えるお母さんに対し愛情欠如だと宣言するのはちょっと違うのではないか」と苦言を呈した。同時に「子育ての方法について条例でルール化するのはどうなのか」と疑問を投げ掛けた。

http://www.nagasaki-np.co.jp/f24/CO20120507/po2012050701001002.shtml

謝罪したことをもっと大きく報道するとともに、維新の会が当初主張していた発達傷害は親の愛情不足という理解が、とんでもない間違い、偏見であることをしっかり伝えてもらいたい。

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2012年5月 5日 (土)

歴史的な「子供の日」となるか

今日5月5日から翌6日にかけて、国内で唯一強行稼働させてきた、北海道電力の泊原子力発電所が停止する。これで今後、原子力発電が再開されなければ、2012年の「子供の日」は、子供たちの将来を少し明るくした日として記憶されることなるだろう。ぜひそうした歴史的な日にしたいものだ。

原子力の民生・民間・商業利用を日本では核の平和利用と言うむきがおおい。これは日本の原子力発電が、民生・民間・商業利用になっていないため、こうした呼び方をしているのではないか、と最近考えている。その意味では、日本で核の平和利用、と呼ぶのは正しいのかもしれない。

1953年に米国大統領アイゼンハワーが国連で「平和のための原子力」演説を行ったが、それは核の軍事利用を補完するものとしての利用に「平和」という衣装を着せたものだと思っている。核利用の軍事的側面を隠蔽するものが「平和利用」で、それが日本における「平和利用」の実態だろう。それを如実に示しているのが、核燃料サイクル実現というお題目のもと、長崎原爆の原料ともなったプルトニウムを30トン以上貯め込み、それをやめようとしないことだ。

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2012年5月 3日 (木)

憲法記念日の出勤

今日、5月3日は憲法記念日、国民の祝日で何十年も前から休日だ。しかし僕は今日、学校で2コマ講義を行った。数年前までは、この時期4月30日から5月2日までを休みにして、1週間以上の連休にしていたのだけれど、それだと授業時間が足りないという文科省の指示で、取りやめ、今年は3日を講義日にした。

前から家族全体の行事をこの日に予定しており、休みます、と事前に言ってきた学生が何人かいた。そういう学生には今日予定していたことを話し、再来週はおいで、と確認した。

というわけで、僕の連休は明日、4日から始まる。今日午後になって、僕の留守中に明日我が家を訪問するという電話が知人から入ったようだ。彼らに会うのは4ヵ月ぶりだ。

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