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2012年2月28日 (火)

日本で原子力発電を続けるのは無理みたい

今日、28日になって、民間の「福島原発事故独立検証委員会」(民間事故調)の報告が公表された。以前政府の事故調の中間報告が発表されたいたが、今回は原発事故についての初めて本報告だ。今後、政府および国会の調査委員会の報告も出るだろう。

これまでに明らかになったところでは、政府も官僚機構も機能していないことが明らかとなった。それ以前の問題として、東京電力および原子力委員会の無能力・無知が白日の下にさらされた。

現在、原発のモラトリアムが実質的に続いている。モラトリアムの解除は、上記の問題が解決されるまで、そして危機対応への備え、つまり過酷事故を想定し、それに対する対応の準備、がなされてから初めて可能となるだろう。それはいつのことだろう。

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2012年2月24日 (金)

危機管理体制の脆弱な、いい加減な日本

今朝、24日朝の「朝日」に次の見出しの記事があった。

連絡ミスで空からの放射能測定できず 震災翌日

一番必要な情報が、手違いで観測・測定できなかった。原発事故は起こらない、という思い込み、あるいは強固な願望によるものだろう。

他方、米国では福島原子力発電所の事故に対する米政府の発生直後の対応について3,000ページの記録を公開した。会議の議事録すらとっていない日本との落差を思う。日本のようないい加減な(良い加減ではない)国は原子力を利用してはいけないのだ。

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2012年2月12日 (日)

石原慎太郎の支離滅裂―――ご都合主義

10日の「読売」の記事の一部と見出しを引用する。

原発住民投票の動き、石原知事「センチメント」
(途中省略)
 石原知事は「人間で一番やっかいなのはセンチメントだ。原爆のトラウマがあるから恐怖感で(原発反対を)言う」と反原発運動を批判、そのうえで「人間の進歩は自分の手で技術を開発し、挫折や失敗を克服することで今日まで来た」と述べた。
(以下省略)(2012年2月10日21時18分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120210-OYT1T01124.htm

石原は「人間の進歩は自分の手で技術を開発し、挫折や失敗を克服することで今日まで来た」と述べているようだが、人間はいつも「克服」してきたのだろうか。これまでの科学技術開発の歴史をみると、モホール計画という、地球に穴を貫通させようという巨大プロジェクトは採算性や実現することの意味を説明できず、中止された。科学技術が現在の社会に持つ、そして示す力は圧倒的だが、その背後にはそれ以上に膨大な数の「克服」できななかった「挫折」があるのだ。

石原は昨年3月の地震の後、14日、東日本大震災に関して、「日本人のアイデンティティーは我欲。この津波をうまく利用して我欲を1回洗い落とす必要がある。やっぱり天罰だと思う」と述べている(http://www.asahi.com/national/update/0314/TKY201103140356.html)。こうした自然の巨大な力を前にして打ちひしがれた太古の人々の無力感が、占星術その他を生み出した。自然を利用する・戦うのではなく、神の意志を読み、それをもとに自然と折り合っていこうという生き方だ。

石原都知事の地震を天罰という発想はまさにそうした古代の人々の自然観の再現だ。それは彼の本性が古代人・原始人だとは言はないが、その発想は、「克服」という18世紀にフランスで定着した啓蒙思想とはかけ離れていることだけは確かだ。

大きな災害を前にして石原都知事もうろたえた、ということだろうが、彼にその自覚はあるのだろうか。個人ならともかく、都知事としては自省してもらいたいものだ。また科学技術の華々しい面にだけ目を向けるのではなく、負の面や挫折の歴史にも目を向けてもらいたい。

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2012年2月 7日 (火)

鈴木邦男が「朝日」に書いた論評

日曜日、5日の「朝日」の読書欄を見ていて驚いた。鈴木邦男の、新聞としてはかなり長めの、原稿が掲載されていた。内容は今から40年ほど前の連合赤軍事件についてだ。

結論は、自由な言論の前提となる、他人の話に耳を傾ける・聞くことが下手な、あるいは拒否している人が増え、日本社会全体が連合赤軍みたいな組織・構造になっているのではないか、という危惧だ。僕もそれは同感だ。

彼は自分のことをその著書『愛国と憂国と売国』で「ぼーっとしたオジサン」と書いているが、こう書けるのは彼が、今の時代をしっかり見て、自分の意見を、誰かのそれ、あるいは何かの組織のそれではなく、自分の考えとして発信し続けているからだろう。素敵なオジサンだ。

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2012年2月 3日 (金)

英国から帰国

昨日、木曜日夕方、成田に戻った。昨年3月に予定していた英国行きだったが、取りやめてからほぼ1年後に実現できた。ロンドン滞在中、テレビニュースで連日、東欧での大雪を伝えていたが英国はこの時期としては好天に恵まれ、幸運だった。

すでに書いたがセントポール大聖堂前には格差に抗議するテント村があり、また首相官邸前には、たぶんアフガン戦争に抗議する人々が集まっているのは見た。また、ビッグベンの近くではアフガン戦争やめろの集会準備を見かけた。そういう運動に関わり、参加する人びとを見るだけで元気になる。

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