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2011年9月28日 (水)

1年生のゼミ――仲間同士のネットワーク

今年度、11年度春学期は、院生と4年生のゼミだけで、ほとんど休業に近い状態だったので、1年生と会うこともなかった。僕たちの学部ではほぼ教員全員で1年生のゼミを受け持っているが、春学期は免除してもらった。しかし秋学期からは本格的に再開なので受け持った。

今日、28日の水曜日が最初の顔合わせとなった。本来は先週の水曜日がそのはずだったのだが、台風で、2時間目以降が休講となり、顔合わせが1週間伸びたのだ。何人かの学生は休講となったのを知らずに登校してしまった、と言っていた。

もう入学して半年も経っているのにまだまだスレていない、新鮮さを感じた。しかし知らずに登校ということは、休講情報などを連絡するネットワークをまだ築いていない、ということかもしれない。僕のゼミより、そうしたネットワークを作る方がはるかに重要だ。

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2011年9月20日 (火)

愛知・日進市でのいじめと福島県民のしなやかな思い

以下は今日の「日経」の見出しと記事の一部だ。

愛知・日進市の花火打ち上げ中止 福島・川俣町が抗議へ
2011/9/20 11:03
 愛知県日進市で18日夜行われた花火大会で、放射性物質の拡散を心配する市民から苦情を受けた実行委員会が、福島県で製造された花火の打ち上げを中止していたことが分かり、製造元のある同県川俣町は20日、実行委に抗議することを決めた。
 花火大会は「にっしん夢まつり・夢花火」。東日本大震災の復興を支援しようと、被災3県の花火を含め計2千発の打ち上げを予定していたが、市民から「汚染された花火を持ち込むのか」などの電子メールや電話が計約20件、市に寄せられた。このため市や商工会で構成する実行委員会が福島の花火は打ち上げないことを決めた。
 製造元の福島県川俣町の菅野煙火店の菅野忠夫社長(77)は「悔しい思いでいっぱい。福島から愛知に避難されている人も多いと聞き、花火を見てもらって元気づけたかった」と話した。
〔共同〕
http://www.nikkei.com/news/latest/article/g=96958A9C93819695E0E2E2E2858DE0E2E2EBE0E2E3E39191E2E2E2E2

20件の電話やメールは放射能を隠れ蓑にしたいじめそのものだ。しかし福島の人はこんなバカげたいじめに負けてはいられない。

昨日行われた集会「さようなら原発集会」の模様がYouTubeにアップされている。YouTubeでのタイトルは”9・19「さようなら原発集会」~6万人が参加”。
http://www.youtube.com/watch?v=k5Q5cRWpQaU

この中で心をうつのは、武藤類子さんの連帯のあいさつだ。彼女は「3・11から私達の古里に放射能が降り注ぎ、私達は被曝者になりました……毎日、否応なく迫られる選択。逃げるのか/逃げないのか、食べるのか/食べないのか、子供にマスクをさせるのか/させないのか、畑を耕すのか/耕さないのか……私たちは捨てられたのだ……私たちをばかにするな。命を奪うな。私たちは静かに怒りを燃やす東北の鬼……私たちのアクションに注目して下さい。福島を忘れないで下さい……便利さや発展が差別と犠牲の上に成り立っていることに思いを馳せなければいけません……誰かが決めたことに従うのではなく、一人ひとりが自分の頭で考え、目を見開き、自分で決断し行動することです」と呼び掛けた。

武藤さんのあいさつは多くの人の心をうったようで、別のサイトでは「感動のハイロアクション武藤類子さんのスピーチは37分あたりから〜。 是非、聞いてください! 9・19『さようなら原発集会』~6万人が参加」として紹介されている。
http://rubese.net/twisoq/target.php?tag=%E5%8E%9F%E7%99%BA&id=115836695051636736

自分の頭で考える人と、付和雷同し、風評をあおり、いじめに加担する人。いろいろいる。僕は自分の頭で考える人でありたい。

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2011年9月19日 (月)

原発と政治献金

昨日、18日、小泉元首相は日本でこれ以上は原子力発電所の建設はあり得ない、と演説したらしい。以下は一つは「長崎新聞=共同通信」の見出しと記事、もう一つは「読売」の見出しだ。

09月18日のニュース(政治)長崎新聞
小泉元首相が「減原発」訴え 「自然エネで依存度低下」(09/18 21:25)
 小泉純一郎元首相は18日、川崎市川崎区内で講演し、福島第1原発事故を受けた今後のエネルギー政策に関して「政府は原発建設を進めてきたが、この費用を安全な自然エネルギー開発に使い、原発依存度を下げるべきだ」と述べ、“減原発”実現を訴えた。
 同時に「政府は、原発は低コストだとしてきたが、高レベル放射性廃棄物を処分するには、膨大な費用と数万年単位の時間がかかる」と指摘、原発はコスト面でも問題があるとの認識を示した。
 東日本大震災に関しては「震災の困難をチャンスに変えることが日本ならできる」と、小泉氏独特のジェスチャーを交えて語った。

http://www.nagasaki-np.co.jp/f24/CO20110918/po2011091801000665.shtml

次が「読売」の見出し。
小泉元首相「原発依存度、下げるべきだ」
(2011年9月19日10時05分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110919-OYT1T00234.htm

小泉は東日本大震災の後、原子力発電所に対する考えを変えたとして、見切りをつけよう、と発言していた。こうした発言ができる理由の一つには、菅前首相と小泉は東京電力からの献金を受けていなかった、ということだろう。それにつけても、事故のとき菅首相でよかった。

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2011年9月15日 (木)

原発依存度の高い国

以下の「原子力発電依存度の高い国 TOP 20 は、旅を計画するときによく参考にするTripAdviserがまとめたものだ。

http://japan.internet.com/busnews/20110825/10.html

この記事によれば「トリップアドバイザーは2011825日、総発電量に占める原子力発電の割合が高い「原子力発電依存度の高い国 Top 20」を公開した。旅行者が旅先で使う電気が、どの程度原子力発電に依存しているかを知るための一助にして欲しいとしている。」

なかなか面白い視点だ。依存率23.3%のドイツは脱原発を決めた、ドイツをわずか0.3%上回る日本が脱原発ができないはずはない。

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2011年9月14日 (水)

後出しじゃんけん

東日本大震災から半年が経過し、福島原子力発電所の事故をめぐり、実は事故当日あるいは翌日にはそうしたことはすでに考えていた、官邸に情報を提供していた、という話が散見される。僕はこれは後出しじゃんけんだと考えている。大事なことと考えていなかったから、より強く自分の見解を押し出し、状況を変えようとする行動に出ていない、ただ後になってアリバイ的に「考えていた」と言っているだけだと思う。

似た例は米国のこれまでの特許制度だ。以下は「日経」の記事の一部とその見出しだ。

米特許「先願主義」法案を可決、大統領の署名焦点に

    2011/9/10 0:20
 【ニューヨーク=小川義也】米上院は8日、特許法の包括的な改正法案を賛成多数で可決した。同法案は既に下院で可決しており、オバマ大統領が署名を判断することになった。署名すれば法律が成立する。発明した時点を重視する「先発明主義」から、特許出願の早さを優先的にみる「先願主義」への移行が柱。先進国で唯一、先発明主義を採用する米特許制度のグローバルスタンダードへの移行は日本企業の戦略にも影響を与えそうだ。
(以下省略)
http://www.nikkei.com/tech/news/article/g=96958A9C9381959FE2EBE2E4998DE2EBE2EBE0E2E3E39494E0E2E2E2;da=96958A88889DE2E0E2E5EAE5E5E2E3E7E3E0E0E2E2EBE2E2E2E2E2E2

これがなぜ後出しかというと、ある商品がヒットして、よく分析したらかつて自分が考えた仕掛けが利用されている、それはその商品を開発した人・企業よりも早い時期に考えていたことだということをノートなどで立証できれば、それが特許と認められ、莫大な収入が得られることがある。この場合だと、最初自分の発明や仕掛けの価値が分からず放置していても、特許出願や製品化の資金負担とその後の見返りを考えて見送っていても、他人・他企業の成功を見て、安心して自分の特許だと言い出すことができ、それが認められることが多かった。これは特許出願と商品化のリスクを負わずに、甘い蜜を吸う、後出しじゃんけんの典型だった。

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2011年9月10日 (土)

これでは内閣が持たない――経産相と国土交通相

鉢呂経産相の辞任は避けられないだろう。「死の町」という言い方はセンスの問題で、復興の大変さ、緊急性を知らしめるための不用意な発言と見ることはできる。しかし、「放射能が移る」というのは、原発所管大臣として「無知」をさらけ出している。

もうひとつの問題は、羽田空港の管制官の問題だ。米国大統領の専用機、AF1の飛行計画書、さらには福島原子力発電所の事故後の放射能の広がりなどをモニターしていた米軍機の行動などを、ネットに公開していた。今月の日米会談で、野田が謝罪することになる。

これまで日本では、こうした部下の不祥事に、所管大臣が責任をとって辞任している。経産相の問題は国内問題だが、管制官、国土交通相所管、の問題は国際問題だ。野田が口先で謝罪するのではなく、その前に前田国土交通相の辞任が必要となるだろう。

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2011年9月 8日 (木)

節目の年に大災害――2011年と1995年

60年前の今日、1951年9月8日、サンフランシスコで日本と米国その他との講和条約が調印された。日本からは吉田首相が出席し、サインした。条約が発効し、日本が独立国として出発するのは翌年、1952年4月28日だった。

戦後復興、という意味で今年は講和条約調印から60年の節目の年だった。しかしそうした「記念日」的配慮は、3月11日の東日本大震災およびそれに続く福島原子力発電所の事故で省みられることは少ない。同じことが1995年、敗戦から50年の節目にも起きた。

それは阪神淡路大震災の発生だ。その後、春には地下鉄サリン事件があり、さらに夏になって東京の小さな金融機関が二つ破たんした。小さな金融機関の破たんは、当時の大蔵省「護送船団方式」の破たんという意味で、震災よりも重大な事件だと僕は考え、書いている。

震災よりも小さな金融機関の破たんがより重大と考えたのは、大蔵省が日本の金融システムへのコミットメントを少なくする、弱肉強食の時代に入る、という意味で半世紀以上続いたシステムの崩壊の始り、と見たためだ。

そういう今後の日本社会への影響という意味では、地震より原子力発電所の大事故がより重要な意味を持つ。世界的にも、日本の事故がドイツやイタリアで脱原発の決定を促した。その日本では、「原子力村」の欺瞞性を多くの日本人が感じ始めた。

政府の事故調査委員会の調査が進めば、地震当日から何日間かの福島原子力発電所現場の混乱状態が明らかとなるだろう。それは東京電力には事故に対応する力がなかったことを、つまり原子力発電所の運転などすべきでなかったことが暴露されるだろう。

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2011年9月 7日 (水)

首相公邸に高校生が暮すーーマスコミからどう守る

野田総理の家族は、公邸に住むらしい。ただし大学生の長男は別居で、高校生の次男と3人で住むらしい。家族で公邸暮し、快適であるはずはないが、総理家族としての義務を果たす、ということか。

野田が、野田の内閣がよい仕事をして、高校生の公邸暮しが長くなることを願っている。そして、高校生からいろいろ話を聞き出そうとして、報道がしつこい取材をしないでもらいたいが、どうなるだろう。

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2011年9月 5日 (月)

タバコ増税、素早い実行を

今日、5日、小宮山厚労相が年に100円づつ増税し、今400円程度のタバコの値段を700円程度には上げたい、と記者会見で述べた。厚労省の試算だと、喫煙により増えている医療費は1兆数千億円に上っているという。これらは僕たちが払っている健康保険料から出る。

タバコを700円にしても、吸う人が減るから、タバコ税という国庫収入は増えず、多分横ばいだと言う。タバコを吸う人が飛躍的に減れば、医療費がその分減るので、税金の減収はそれで補える。むしろここは、欧米並みに一気に一箱1,000円とすることで、健康増進を図るべきだ。

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2011年9月 2日 (金)

素朴な疑問――首相の家族はどこに住む

野田総理には子供が二人、大学生と高校生、がいるらしい。彼らはどこに住むのだろう。大学生は独立もあるが、高校生は基本的には親と同居が原則だと僕は考えている。

米国では、大統領一家はホワイトハウスで暮らしている。家族がひとつ屋根の下で暮らすというのは長いこと当然のこととされていたが、近年単身赴任という、非人間的選択を余儀なくされている人も目につく。野田さんには家族一緒に暮らす、家族像を見せてもらいたい。

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2011年9月 1日 (木)

5年後の国の姿――再生の出発点は敗戦ではなく明治維新だろう

2011年の原発大事故から5年後の日本はどうなっているだろう。2011年が1945年の敗戦ではなく、1868年の明治維新に相当する大転換の年となれば、新しい日本が生まれるだろう。そのために必要なのが、2011年を原発や小沢神話崩壊の年とすることだろう。

全く新しい体制で、一人ひとりが自分の思いで、国作りに励む、自分なりの国、あるいは社会を作り出そう、という意欲がわく環境をつくることが必要だ。そのためは変な神話はすべて暴露し、粉砕することだ。

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