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2011年7月31日 (日)

原子力発電所がミサイル攻撃されたら

先日終わった、核廃絶を中心に行われた松本での国連軍縮会議で韓国から来た女性の発言者は、今回の福島の原子力発電所の事故の展開は、ミサイル攻撃されるとどうなるかをよく示している、といった発言をしていた。NHKのニュースでちらっと見たので、前後の文脈は不明だが、要点としては、彼女が原子力発電所へのミサイル攻撃を考えていることはよく分かった。日本の原子力発電所、特に日本海側のものがミサイル攻撃されると、太平洋側の都市が放射能で強く汚染されるだろう。

日本での原子力発電所のストレステストに含まれるかどうかは分からないが、EUでは航空機の墜落やミサイル攻撃もストレスの対象となっている。日本のストレステストこそ、そのテストが必要だろう。でもしないだろう、耐えられないことがはっきりしているから。

これはつまり、日本の海外沿いに、日本に対して敵意を持っている国のために、核攻撃の手段を提供しているということなのだ。日本の核は「平和目的」と言っても、長崎原爆5千発分のプルトニウムを保有し、プルトニウムを生み続ける核燃料サイクルの完成を目指している国の核をそう見る国はほとんどないだろう。日本の原子力発電所の危険性を少しでも減らす方法は、核燃料サイクル実現を放棄し、原子炉でウランを燃すだけの、発電に特化することだろう。

それによって初めて、日本の核が、商業/民間利用であり、軍事目的ではないことが主張可能となる。そうすることで、アジア非核地帯を各国と協力して築き、非軍事目的の原子炉への攻撃を互いに禁止する、という約束も可能となるだろう。今、脱原発を決めても、廃炉まで何年もかかる。その間は原子力発電所には核燃料や核廃棄物がたまったままだ。それを攻撃目標とされないために、核燃料サイクルを早急に断念し、アジア非核化地帯を作り上げることだ。

それこそが、地上から核兵器を廃絶するために日本がとるべき道だ。

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2011年7月30日 (土)

原子力安全・保安院と中国鉄道省

どちらも国を、国民をないがしろにしている。

経産省の原子力安全・保安院、人によっては「原子力安全・不安院」と呼ぶ、は原子力事業の遂行のための監視役のはずが、公聴会での原子力推進のためのサクラ集めや八百長意見表明など、正反対のことをやってきたことが暴露されている。日本に限らず、役所が本来の役割を逸脱することはないことではない。しかしここまで真反対の、その存在を根底から揺るがす行動に走るとは、国民を欺くのにも程がある。

ここで一気にこうした醜聞が出てきたのは、菅内閣が力強い政権であれば、原子力安全・保安院の解体、さらには経産省の弱体化のための情報リーク、と考えることができるが、現内閣にその力はなさそうで、たまたま脱原発のうねりの中で、脱原発を支持する世論の高まりに、推進の側がうろたえて墓穴を掘ったと考えるべきなのだろう。福島の原子力発電所の大事故が、原子力安全・保安院の実態、安全を追求する役所ではなく、天下り先の電力会社と一緒になって原子力開発を推進する役所という実態を暴露したと見ることができる。

この暴露は、中国の高速鉄道の追突脱線事故が鉄道省の化けの皮をはがし、技術的蓄積なしに、寄せ集めの技術で高速列車を走らせるという、暴挙を行っていたこと、を暴露したことに通じる。こうした暴露が、何の犠牲、特に人的犠牲なしに行われるのが開かれた社会であり、その際に大きな役割を果たすと期待されるのがジャーナリズムなのだが、これまで日本の大手マスコミは広告主に気兼ねしてか、あるいは本音でか、原子力推進を陰になり日向になり支え、公聴会の報道でも、経産省や電力会社の不利になるようなことはほとんど伝えてこなかった。

中国の鉄道省をあげつらう日本のマスコミは、その前に経産省、原子力安全・保安院、それに電力会社、原子力立地で潤っている県・市・町・村の問題を取り上げ、検証してもらいたいものだ。本当は、今回のタイトルは「日本原子力村と中国鉄道省――似た者同士」だろう。

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2011年7月26日 (火)

事故原因の究明――日本と中国

原子力発電所にしろ、新幹線にしろ、それを作ることは、それを動かし何か問題(事故)が起きたときに、その事故原因を究明することより容易だ。昔真空管ラジオを作って完成し、当初音が出ていたのに、後で故障したとき、その原因の究明は自分ではできず、より詳しい人に聞いて、問題を突き止め、理解していた。初歩的なミスもあれば、「想定外」の出来事の積み重ねが原因のときもあったが、原因はいつも多様な顔を持っていた。

何台かラジオを作ってみて、他の人が作ったラジオが音を出さない場合、あるいは出さなくなった場合の原因究明のお手伝いができるようになった。それは想定外のことを考えながら、最初に初歩的な問題である、電気は来ているかあるいは真空管がきちんとソケットにはまっているか、をチェックすることであり、その後で電源を切ってから配線図と実際の配線を比べ、各部品に問題はないかを確認する、という作業だった。こうした作業を通じて次第にラジオ製作の腕を上げていったが、だいぶ自信がついたころに、真空管から半導体に移行し、配線も既成のプリント基板を利用することが多くなり、ラジオ製作の面白みがなくなった。

原子力発電所も新幹線も、その事故の究明には極めて高い技術力とシステムとしての原子力発電所、そして新幹線についての理解が必要だ。前者について日本は、後者について中国はどの程度の能力を持っているだろう。

日本については、「日経BP」の記事、 動画で見る炉心溶融 求められる実態の解明、をみると一応の準備はできている、と思える。もっともこの記事を読むと、なぜ3月11日にこれらの知識の蓄積を生かせなかったのかと残念に思う。

他方中国ではどうだろう。日本のような先進国では事故が起きたとき、その失敗を繰り返さないために、事故原因の究明は最優先課題だ。多くは人的責任追及より、事故原因の追究が優先される。中国にはその常識も、また原因究明の技術力もないのではないか、と思う。

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2011年7月24日 (日)

中国高速鉄道衝突脱線事故――検証する気はあるのか

24日夕方の日本テレビのニュースを見ていたら、衝突脱線事故の現場からの中継をやっていた。事故車両は高架の線路から地面に降ろされていた。事故原因の究明、なぜ衝突し、なぜ脱線し、なぜ高架橋から落下したのかを調べる、には現場保存が必要だと思うのだが。

なぜ早々と事故車両を片づけてしまうのか。メンツをかけた高速鉄道の無残な敗北を人々の記憶から少しでも早く消し去るためか。そのために現場保存をないがしろにして、事故原因の究明がおろそかになるなら、同じ事故が繰り返されることだろう。

日本テレビのニュースのコメントで、鉄道の専門家が日本では起こりえない、と言っていたが、そういう思い込みが怖い。原発について、日本の原子力の専門家は日本の原発は安全と繰り返し発言していた。

列車事故については日本でも、中目黒駅での地下鉄の脱線事故や、JR西日本の福知山線の大事故があり、また先日はJR北海道の特急列車のトンネル内火災事故が起きている。この車両火災事故では、機転のきく乗客が乗り合わせていなければ、大惨事となったであろう。

鉄道会社は中国の事故を、日本では、自社では起こりえないと片付けず、他山の石として、自己点検をしてもらいたい。特にJR西日本やJR北海道はそれが求められている。多くの利用者にとって、代わりの交通手段はほとんどないのだから事業者としてより一層の自己管理・安全が求められている。代替えがないということは電力もほとんど同じだ。今回の福島の事故や、九電のやらせで批判が強いのは、独占企業としての自己管理や安全の追求が不十分だったことも一因だ。

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2011年7月21日 (木)

脱原発で解散となれば、その3

明治政府の欧米に「追い付け、追い越せ」モデル、実態は「追い付け、追い付け」モデルの破たんは1945年の敗戦で明確となった。当時は科学・技術やそれに基づく物量戦で連合国に負けたと自認していた。しかし、占領軍を進駐軍と呼んだことに現れたように、敗戦を直視しなかった。当時、それほどに敗戦のショックが大きく、20世紀後半の日本のグランドデザインにまで頭が回らなかった。戦後復興の支柱となったのは、欧米流の民主主義と科学戦での敗北を「反省」した、科学技術の振興だった。

これも戦勝国の圧倒的な力量を背景にした、「やむを得ない」受容だった面が強いだろう。1945年の敗戦まで「鬼畜米英」を唱えていた人たちが、秋ころから「民主化」を言い出したことがその傍証だ。その意味で民主主義も科学技術振興も身についておらず、付け焼刃だった。

民主主義が日本に定着しているかどうかを測る基準を僕は持っていないので、これについては何とも言えない。しかし科学・技術については、それをやっている人、学んでいる・研究している・利用している人々が、それを楽しんでいるかどうかが、定着の基準だと考えている。

その観点からすると、日本で科学・技術を楽しんでいる人がどれだけいるだろう。科学をやっている、技術開発に従事している人に出会うと、多くの日本人は仕事の中身も聞かず、「大変ですね」とか、「難しいのでしょうね」、という反応はしても、「楽しいでしょうね」とは言わない。日本が科学・技術を軸とした発展を考えるなら、まずこのイメージを変えることが必要だろう。

それは科学・技術をどのようにしたら、日本社会の生産というレベルだけではなく、人々の日常生活や知的生活に定着させることができるか、ということだと思っている。脱原発で解散となれば、その一歩を踏み出すことになるのかな、と思っている。

しかし菅首相の言動を観察していると、脱原発への道筋が見えてこない。じっくりと議論して何とかしようという準備はないようだ。そうすると、彼としては自分の主張を歴史に残すためには、やけくそ「解散」という荒っぽい手法しか残っていないのかな、と感じている。

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2011年7月20日 (水)

脱原発で解散となれば、その2

日本での科学技術の導入は、明治政府による高等教育機関創設や当時のハイテクを駆使する工場の建設という、中身ではなく、うつわ作りから始まった。うつわの中身である教師や技師の多くはお雇い外国人だった。明治政府のその選択眼は的確だった。

欧米の列強に一日も早く「追い付け、追い越せ」と考えた政府にとって、上記の方法は妥当な選択であり、追い付け、というところまでは機能した。今から見ると、明治政府のやり方は「追い付け、追い付け」モデルに終わった。どこかで方針転換しないと、追い越せは生まれない。

日本ではまだ、マイクロソフトやアップルのような企業は生まれていない。電力を大量に消費し、モノを作ることを得意とする企業ばかりだ。車にしろ、コンピュータにしろ、世界一になってもそれは、追い付いた結果としての一時的なもので、その地位は不安定だ。

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2011年7月19日 (火)

脱原発で解散となれば――日本科学史上の意味

脱原発、あるいは原発をどうするというシングルイッシューで解散となったら、どうなるか。政党や議員たちの消長には関心はない。それでもこれまでの原発に対する主張をそのままし続けることで当選確実なのは、河野太郎だろう。

僕にとっての関心は、脱原発で解散ができるかどうかという一点だ。もし解散なると、日本の科学の歴史の上で初めて、科学・技術の受け入れをめぐって、一人ひとりの賛否を問う最初の例となる。これまで日本では、科学技術の制度を作り、中身は後からという方式だった。

科学・技術の成果は善なるものとして、国家がその育成を支援し、果実を国民に利用させてきた。ときにそれは強要に近い場合もあった。脳死移植や原子力発電所も人によっては「強要」されている、と感じている。

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2011年7月18日 (月)

原発事故後の日本を見る目――韓国と米国

以下は外国人の「本音」がうかがわれる記事の一部とその見出しだ。最初は「読売」。僕は、食べ物や水それに、安全性に問題がある中国に行くことを極力避けているが、同じ思いを韓国の方々は原発事故を契機に日本に対して抱いているようだ。

韓国の観光大臣「訪日観光の回復、容易でない」
 韓国の鄭柄国(チョンビョングク)・文化体育観光相は都内で本紙のインタビューに応じ、日本を訪れる韓国人が東日本大震災による原発事故の影響で減少している状況について、「原発事故の正確な情報が韓国側に伝わらず、日本の安全を疑う土壌ができてしまった」と述べ、回復は容易ではないとの見方を示した。
(途中省略)
 旅行業界関係者らとともに来日した鄭観光相は、「やはり日本の初期対応に問題があった」と指摘した。
(以下省略)
(2011年7月17日18時01分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110717-OYT1T00501.htm

もうひとつは「ウォール・ストリート・ジャーナル」(ヤフー)だ。日本の電気料金が極めて高い、その原因は政府が国策として推進してきた原発であることを指摘している。

【コラム】深刻な日本の電力問題―抜本的な改善が待ったなし
ウォール・ストリート・ジャーナル 7月18日(月)15時24分配信
 日本の電力問題は短期的な電力ショック以上のものだ。
(途中省略)
 過去10年間で価格は下落した。これは、完全には実現しなかった規制緩和の「脅威」によるものだ。それでも国際エネルギー機関(IEA)の「主要世界エネルギー統計2010」によれば、日本の産業向け電力の顧客はキロワット時当たり16セント(約13円)支払っており、米国や韓国のコストの2倍以上だ。
 日本における主要な誘因は発電所の増設で、とりわけ巨額の原子炉建設だった。原発施設建設のコストが上昇すればするほど、電力会社にとって利益が増え、経済産業省にとっても予算拡大につながるからだ。同省は原発を規制する一方で積極的にこれを奨励していた。また政治家にとって、それは原発が立地される沿岸農村部に対する巨額の交付金を生み出し、電力会社からの強力な選挙支援が期待できた。

(以下省略)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110718-00000007-wsj-bus_all

現在の放射能に汚染された牛肉の流通の拡大は、政府・農水省の危機管理の甘さがもたらしたことは否定できない。しかし、原発が事故を起こすとこうなることは、チェルノブイリの事故の例からすれば分かることだった。現に、今でも英国の牧草地帯の一部は放射能に汚染されていて、使えないという。事故は起きないという「神話」が、これまでの事故に学び、それを万が一の際に生かすというイメージとレーニンが行われておらず、その結果として初動対応が遅れ、僕たちは放射能に汚染された牛肉を消費している。これでまた、韓国からの旅行者は減るだろう。

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2011年7月17日 (日)

原発の定期検査は機能しているのか――関電の無法を止めたの冷却系のトラブル

昨日、16日、関西電力の大飯原発1号機が冷却系のトラブル発生で、停止作業に入った。この炉は、定期検査を終え、その後調整運転を異例の長さ、4ヵ月間、法を無視して続けられていたものだ。違法状態を止めたのは、関電の判断ではなく、冷却系のトラブルだ。

定期検査から4ヵ月で原子炉の最も重要な機能である冷却系がトラブルを起こすとはどういうことなのか。定期検査は有効に機能していたのか、と疑問に思う。今回のトラブルの詳細は炉が完全に停止した後で明らかになるだろう。

詳細が明らかになった後、最初にすべきことは、今年3月ころに終わっていた定期検査の検証だ。今後も原子力発電所を運転し続けるつもりなら、これまでの定期検査の検証が、ストレステストと同様に必要だ。

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2011年7月15日 (金)

最初の一歩――高速増殖炉と核燃料サイクル断念

以下は今日、15日の「長崎新聞(共同通信)」の記事とその見出し。

もんじゅ、開発中止も検討 原発事故受け文科相(07/15 10:53)
 高木義明文部科学相は15日の閣議後の記者会見で、高速増殖炉原型炉もんじゅ(福井県敦賀市)について「今後の原子力政策の見直しの中で、一つの課題として方向性を出すことになる」と述べ、もんじゅの開発中止も含め検討していく考えを明らかにした。
 また高木文科相は「今回の(福島第1原発の)事故は重大。あらためて議論するのは当然」と述べた。
 もんじゅは、プルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料を使い、消費量以上の燃料を生み出す高速増殖炉の原型炉。初臨界後の1995年にナトリウム漏れ事故が起き、約14年5カ月間停止。昨年5月に運転を再開したが再び停止。

http://www.nagasaki-np.co.jp/f24/CO20110715/ma2011071501000236.shtml

もんじゅにはこれまでに、少なくとも9,000億円がつぎ込まれている。運転していなくても、保守管理のための経費が1年間に100億円必要な、金食い虫だ。

核燃料サイクル施設の中心、青森県六ケ所村に建設中の再処理工場にはこれまで3兆3,700億円がつぎ込まれている。しかし未完成なので、今中止すれば、工場は核に汚染されておらず、通常の建物の解体処理で済む。

もんじゅと再処理工場の問題は、税金の浪費だけではなく、原爆の原料にもなり、毒性が高く、半減期が長いプルトニウムを日本がため込むことだ。現在日本は、1945年の長崎原爆5,000発分のプルトニウムを保有している。

簡単には「やめましょう」とはならないだろうが、もんじゅや再処理工場に無駄金をつぎ込まず、それを福島の原子力発電所事故の復興に回すことを、目指して、着実に進んでもらいたい。簡単に進まないのは、だれも責任を問われない形で、決定するのに時間がかかるのだ。

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2011年7月13日 (水)

歴史に残るかな?

今日、13日夕方、菅首相の記者会見があった。以下はそれを伝えた「日経」の記事の見出しだ。

18:21更新
首相、「脱原発依存」を正式表明
 菅直人首相は13日夕の記者会見で、今後のエネルギー政策について「これからは原発に依存しない社会を目指すべきと考えるに至った」と述べ、「脱原発依存」を目指す意向を正式に表明した。「…続き (18:12)

    首相「埋蔵電力」活用を表明
    首相、原発事故収束「予定通り進んでいる」

http://www.nikkei.com/

今、脱原発依存は一つの方向だから、この方向性を維持してもらいたいが、どの程度の時間で「脱」を完了するかという点がはっきりしないのが気になる。どの程度のスピードで、代替エネルギーの確保や発・送・配電網の分離を進めるかが、重要なカギだ。

菅さんはいつ辞めるのかは分からないが、少なくとも脱原発への確固とした橋頭保だけは築いてから辞めるなら辞めてほしい。決して投げ出さないでもらいたい。

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2011年7月12日 (火)

黒い雨の調査が始まる(長崎)

以下は、7月10日の「長崎新聞」の記事とその見出しだ。

専門家グループが「黒い雨」初の本格調査 間の瀬地区で土壌採取

間の瀬地区の民家の床下から土を採取する関係者=長崎市平間町
 原爆投下後に降ったとされる放射性物質を含む「黒い雨」について、県保険医協会の本田孝也副会長や広島大原爆放射線医科学研究所の星正治教授ら専門家グループが9日、長崎市東部の間の瀬地区(同市平間町)で初の本格調査を開始した。
 10日までの2日間で土壌を採取し、原爆が放出したプルトニウムなどの有無を専門機関で調査。被ばく線量を推定し、人体への影響などを科学的に解明したいとしている。
 間の瀬地区は爆心地から北東に約7・5キロの山間部。被爆者援護法が定める被爆地域の枠外だが、同協会が春に実施した住民への聞き取り調査では、20人のうち13人がまとまった降雨を、9人が本人または家族の脱毛を証言した。隣接する矢上、古賀、戸石の3地区より極めて高い割合だったという。
 この日は、間の瀬地区をはじめ、周辺地域や「黒い雨」が原因とみられるプルトニウムが検出されている西山地区で土壌を採取。間の瀬地区では、1953年と58年に建てられた民家の床下などに入り、原爆投下当時のものとみられる土を持ち帰った。星教授は「『黒い雨』の存在を科学的に確認し、人体影響との因果関係まで解明できれば」と語った。結果は年内にも取りまとめる方針。

http://www.nagasaki-np.co.jp/kiji/20110710/01.shtml

僕がまだ長崎にいたときからこの問題は、特に間の瀬地区の方々が被爆者手帳の交付との関連で、調査を求めていた。僕も調査に手を付けたのだが、力足らずと、関東への転勤、現地での後継者が見つからなかったため、長いこと気にしてはいたが、何もできなかった。

それが、長崎県保険医協会と、なぜか広島大学の協力で、科学調査が始まるようだ。広島の黒い雨は有名で、広大には黒い雨調査の実績が豊富なのだろう。しかし、長崎と広島では黒い雨の中の放射施物質は違うはずで、調査結果がまとまるのを心待ちにしている。

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