原発事故の混迷を深めたもの――今も続く放射性物質の垂れ流し
東日本大震災後の福島原子力発電所の事故は今も進行中だ。国会の議論を聞いていると、特に自民党や公明党の議論は、論点がずれている。それは今回の事故の被災者の問題を人質に、内閣不信任案の提出を正当化するための議論をしているためだ。
ずれの最大のものは、原子力発電所の事故が現在も進行中であることを、忘れているかのような議論だ。国会で自民党などが言っている海水注入などの問題はすべてが終息して、生き延びた人々がすればよい議論だ。それを今やっても、しらけるばかりだ。
あたかも今福島の原発が安定している、放射性物質の垂れ流しをしていない、かのような認識が生まれているのは、ひとつには現実を見ようとしない問題だ。もうひとつは、最初の認識の甘さだろう。当初、最悪でもスリーマイル島事故程度とされていた。
ところが日をおって事態は深刻化し、最悪のレベル7で、チェルノブイリ事故と並ぶものだ、という認識となった、あるいはそうした認識を公表する事態に追い込まれた。また炉心のメルトダウンが震災から数日のうちに起きていることが明らかとされた。
今日、31日の国会中継を聞いていたら、社民党の阿部知子が、チェルノブイリの事故では、日本の全面積の四分の一に相当する広さの土地が避難区域に指定された、と指摘していた。3月15日ころまでに、メルトダウンやチェルノブイリ級という認識があれば、と思った。
これは日本の原子力村の人々が考えたこともないこと、考えたくもなかったこと、考えようとしても考えられなかった事態の発生だ。そうした、原子力村の能力を超えた事態、と認識できれば壊れた原子炉への対応、周辺住民の避難、汚染拡大の制圧など、米ソその他に、すぐに彼らの経験を求めることができたのではないか、と今更ながら思う。その意味で、事故についての最初の認識の甘さ、僕は隠ぺいではなく、認識能力の限界を超えていたために、甘い認識になったのだと考えている、が今日に続く放射性物質の垂れ流しをもたらしていると判断している。
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