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2011年2月28日 (月)

昨日、現場で撮った写真

以下は昨日、27日に軍医学校跡地の発掘調査現場で撮った写真。

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もう一枚アップと思ったら、容量がこのブログの規定を超えていて、無理でした。昨日はうららかでよい日和だったが、今日は一転して冷たい雨の一日だった。

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2011年2月27日 (日)

やっと現場に行けた

今日、27日の午後、やっと発掘調査を行っている現場を見た。21日の開始日には共同通信やNHKはヘリコプターまで飛ばして報道していたが、僕はその配信記事や映像をオホーツク海に面した街、紋別で読み見ていた。今日は日曜日で作業はお休みで、見学にはよかった。

上から眺めたいと思って、少し坂を上って上から見たが、周りの木は落葉樹ばかりで季節的に葉がなく、調査現場を見通すには絶好の季節だった。新緑の季節や夏であれば、視界が遮られたことだろう。まああの現場で調査をしていれば、隠しごとは難しいだろう。

今は試掘で、それであたりをつけて、次は敷地全体を調査をする。それはあくまでも予定であり、実際には想定外のこと、旧軍の遺構が出てきたことも、厚労省には想定外だっただろう、がまだ出てくるだろう。しっかりと見ていく。

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2011年2月26日 (土)

コンクリートの基礎は戦争遺跡

昨日、25日に書いたコンクリートの基礎は、単なる古い建物の基礎ではなく、場所の歴史からいって、石井四郎軍医中将が主幹だった防疫研究室の建物群のひとつの遺構である可能性が高い。現在、軍医学校跡地で発見された人骨問題を究明する会では、本当なら、遺構を残してもらいたいが、それがもしかなわぬなら、完全な記録を残してもらいたいと、厚労省にお願いしている。昨日も書いたが、旧軍の遺構だと、造りがしっかりしていて、その取り壊しには多大な経費がかかるので、すぐには解体されない可能性もある。

僕たちが関わっている、人の骨=遺骨、が現在安置施設に保管されているが、それは時間をかけて、じわじわと実現した。今回も、短兵急に解体するのではなく、予算の都合で残され、その間に保存、という方向になるといいな、と思っている。僕もまずは現地を見なければ。

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2011年2月25日 (金)

軍医学校跡地の調査でコンクリートの基礎が出てきた

2月21日、月曜日、から厚生労働省による軍医学校跡地の発掘調査が始まった。調査対象の場所は満州第731部隊の本部、あるいは中枢であった防疫研究室があった場所だ。その過程で「2011年2月23日 D地区(仕様書参照)からコンクリートの基礎が出てきました」。

この詳細は、僕たちの「軍医学校跡地で発見された人骨問題を究明する会」のホームページで見ていただきたい。少ない人手をやり繰りして、なるべく現地に行くようにしている。このコンクリート基礎について、厚労省は撤去を考えているようだが、予算が足りなくなるだろう。

731部隊をその傘下に持つ石井機関本部、防疫研究室の建物群があった場所の発掘であり、厚労省の目的とする人の骨の有無の確認だけでなく、予想外の発見があるかもしれない。当分目が離せない。花粉はいやだけど、そんなことも言ってはおられないのだが。

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2011年2月21日 (月)

肩がこる

今日、21日は昼から「氷海の民シンポジウム」を聞きにいった。話は面白く、いろいろ刺激を受けたのだが、肩がこった。それはシンポジウムのせいではなく、流氷はないが、道路に雪があり、ところどころ凍っていて、すごく歩き難いためだ。

ところどころで凍っているのは、晴れて太陽が出ていて、雪が溶け始めているせいだ。晴れて気持ちがよいし、暖かいのはありがたい。だから、今回の肩こりはしっかり我慢だ。

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2011年2月20日 (日)

管、枝野、岡田……皆開き直った

民主党政権、よい方向だと思う。今日、20日になって、枝野と岡田の解散も総辞職もなし、予算をあげる、という談話が報道された。管を訪問した、江田法相も、そうした管の意向を、彼の感触として、話しをしていた。

僕の感じでは、今日から反転攻勢だ。予算はあげる、予算関連法案は、覚悟を決めて夏前にあげればよいのだ。覚悟を決めて、開き直ったようなので、しばし期待しよう。

流氷を期待して紋別に来たが、流氷は着陸間際に見たところでは、相当沖合いにあった。泊まっているホテルの部屋からは海が見えるが、流氷は見えない。でもあれはワシかしら、タカかしら、猛禽類が飛び回っているのが見える。

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2011年2月19日 (土)

すばらしい―――騒ぎ放題

以下は今日、19日の「AP=共同」の配信を伝える「産経」の記事だ。

騒ぎ放題
2011.2.19 14:48

 もう心置きなく騒いでも大丈夫-。厳しい騒音規制があるドイツで、6歳未満の子供を騒音規制の対象から除外する法案が提出された。

 幼稚園を住宅地につくらないよう求めるなど、最近は子供の騒音をめぐる訴訟が続発。少子化にも気をもむ政府は、子供に限り規制を撤廃する方針を決めた。

 ドイツでは昼間の数時間、工事現場での作業中断を義務付けたり、日曜日の芝刈りを禁止したりしている。(AP=共同)

http://sankei.jp.msn.com/world/news/110219/erp11021914480004-n1.htm

すばらしいのは、子供に騒ぐことを認めたことと、それ以外はこれまで通り、騒音を出してはいけないことを確認したことだ。日本は何時になったら、と思う。

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2011年2月 6日 (日)

歩行者の安全は?――「毎日」の馬鹿な記事

馬鹿な記事を見つけた。問題は自転車がスピードを出したまま歩道に入ることなのだ。縁石がなくなれば、自動車が何かの弾みで歩道に突っ込んだとき、その勢いを止めるものがひとつ減ることになる。

<縁石>危険 自転車横断帯ふさぎ転倒 埼玉・川口

こんな馬鹿な、一方しか見ない記事をデスクはどう考えたのだろう。自転車への善意は、歩行者への悪意になる。道路は人・車椅子・乳母車・自転車・オートバイ・自動車その他いろいろな人やものが利用している。

いろいろな立場でものを考え、観察して記事を書いてもらいたい。

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2011年2月 1日 (火)

市民運動は「すずめの学校」よりも「めだかの学校」で

市民運動で大学の教員が代表格になっていることがある。その専門との関係で必然性がある場合は理解できる。しかし時に、大学教員だから、というのでその専門とは関係が薄い、あるいはない運動体で代表になっていることもある。

僕は大学の教員は、給料をもらいながら、自分の思索の大部分を自分の関心領域に集中できるという意味で特権階級だと思っている。そういう立場の人間の社会的責任として、社会的に行動したり、発言することはそれなりに必要だろう。しかしそれは1人の市民としてだ。

教員として参加すると、時にその組織が「すずめの学校」になってしまう。市民運動の組織は皆が自由に発言し行動できる「めだかの学校」スタイルが本来の姿ではないのだろうか。どんな組織も時間経過と戦っているのだが、「すずめの学校」は負け戦が多い気がする。

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