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2010年5月22日 (土)

親族への角膜移植――公平って何?

亡くなられた方の角膜がその配偶者に移植される、ということがニュースになっている。何年か前、「公平」性に問題があるということで、親族間の移植は禁止されていた。公平という一言で、横並びを強い、問題を考えない役所のやり方だ。

それが先の移植法の改定で、親族間の移植が再開された。臓器移植の問題は、子供がおやつを分けるときのような単純な公平性で考え、割り切ることはできない。公平のためには、どこかの段階で線を引き、それ以前の問題は切り捨てられる。

子供がりんごを分ける場合、体重に応じて分量を決めることも公平の理屈は成り立つし、体重を無視して均等に分けることも外見的には公平だ。親族間での移植は、体重に応じた公平な分け方と考えることができる。その禁止は、子供に一定の体重を要求するようなものだ。

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