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2008年10月31日 (金)

撒き餌に追い込まれた麻生首相

昨日、30日の記者会見で麻生は、日本国民に対して「撒き餌」を2兆円ほど実施することを表明した。この撒き餌のまたの名は「生活支援定額給付金」というらしい。

もともとは公明党が自民党に要求していたものだ。こんな撒き餌に喜ぶ日本人はどの程度いるのだろう。国民を愚弄するにも程があるというものだ。

自民党も公明党もそれほどに鈍感で、卑しい党なのだろうか。この見苦しさを解消するには解散で、すっきりさせるしかないのかな?議論すべきことは今や山積しているのだが…。特にアフガン給油問題を通じての憲法9条の定着の問題がある。9条まではついてこれない、という人はいるかもしれない。しかし今や多くの国々がアフガンを去り、米国自身が撤退の機会を狙っている。気が付いたら、誰もいないところに日本の給油船が取り残された、ということになりかねない。撒き餌という卑しい方策しか考え付かない政治屋にはその程度の見通しもないようだ。

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2008年10月30日 (木)

写真を投稿した

もうひとつのブログに、ハーバードでの選挙活動の写真と、帰国のときの飛行機の写真を投稿した。

写真を載せたブログは、Googleが提供するものだが、投稿用の画面が小さくなったような気がする。

今日、30日、麻生は税金(他人の金)をばらまき、選挙は当分できそうもない、と発表した。このまま彼は野垂れ死に。国民や国はジリ貧ということか…。

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2008年10月29日 (水)

溜まった新聞

帰国したら、今日、29日の夕刊と一緒にほぼ1週間分の新聞が宅配ボックスに入っていた。

以前だとすぐに開いて読んだが、最近は少ししてから、切抜きをするために目を通す感じになっている。それは「ニュース」/「出来事」についてはネットでチェックできるためだろう。

ネットのほうが、記事の比較が容易だ。自分で何紙もとる財力はないので、図書館で読み比べとなるが、1人で何紙も独占することはできない。ただ紙媒体のよさは、見出しの大きさを比較できることだが、これが紙媒体の生きる道かもしれない。

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2008年10月28日 (火)

インディアンサマーにはまだ早い?

ボストンの時間で、昨日の日曜日の午後からポカポカ陽気となり、空も晴れ渡っている。金曜日も空はきれいに晴れていたが、空気がとても冷たかった。

まだ10月の末で、晩秋あるいは初冬には早いので、今のポカポカ陽気は通常の温度変化のうちで、インディアンサマーとは呼ばないのだろうか?呼称はどうでも、昨日の午後から今日一日、すばらしい天候に恵まれた。

今日、月曜日、再度MITの文書館で取り残したコピーを依頼し、複写を受け取った。すばやい仕事ぶりに感激する。

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2008年10月27日 (月)

Harvardの構内で大統領選挙活動

今日、こちらの時間で日曜日、ハーバードのキャンパスを見学行った。

構内で学生がオバマ&バイデンのための選挙活動をやっていた。学内の部屋をひとつ確保し、そこを拠点としているようだ。

いくら大学のOBとはいえ、日本でそこまで後輩の大学生がやるだろうか、また大学が部屋を貸すだろうか、と思った。ボストンではオバマ&バイデン支持の帽子や、家の前の看板を見るが、全国的にはどうなのだろう。直近の世論調査では差が詰まっているという、心配だ。

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2008年10月26日 (日)

工業製品としての食品の弱点

冷凍食品、即席めん、それにハム、このところ回収が続いている。

回収が大々的に報道されるのは、回収量が極めて多いためだ。十万あるいは百万単位で回収が行われている。これは上記の食品が、大量生産された工業生産物だからだ。効率の追求が、大規模な回収をもたらした。

自宅の近所の八百屋や魚屋で地のものを購入している場合、あの野菜うまくなかったよとか、先日の魚いまひとつだったなどという文句はあっても、回収ということはない。回収が必要なものを売ってはプロの面子が立たない。彼らが売っているのは生身の食品だ。それだけに売る際には品質を見ている。新鮮であれば高い値段をつけるし、日がたてば値段を下げて早めにさばいている。これが農産物、海産物の売り方だ。冷凍食品は何日たっても、期限までは、同じ価格のままだ。素人でも売りさばくことが可能だ。

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2008年10月25日 (土)

ボストン美術館――浮世絵だけではなく

ここは日本の浮世絵などのコレクションで有名だが、ボストンは米国工業発祥の地のひとつでもある。ヨーロッパからの渡って間もない人々が作った家具なども展示されている。それらは民芸品の域に達しているものもある。

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2008年10月24日 (金)

大学文書館/資料室

日本もどの大学でも最近は資料室を設けているが、文書館はどうなのだろう。

今日、こちらの時間で23日、木曜日、MIT Institute Archives & Special Collections  The Source for MIT Historyに行った。ある人物の資料がないかと思ったためだ。その人物は1935年からMITで学部長を務めていた。長生きすれば学長にもなっただろう。

文書館でアーキビストに僕のねらいを話したら、すぐに理解してくれて、30分ほどのあいだに資料を2箱、用意してくれた。僕にとって貴重な文書があり、コピーを頼んだところ、10分ほどで用意してくれた。こうした文書サービスのすばらしさを経験するのはとてもうれしいことだ。

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2008年10月23日 (木)

ワールドシリーズが始まった

日本を22日の昼にたち、ボストンに22日に午後着いた。円がえらく上がっている。

まあそれはとにかく、今ワールドシリーズが始まった。レッドソックスが勝ち上がっていれば、今日からボストンで開幕だったが、負けたのでレイズ本拠地のフロリダでやっている。

レッドソックスが勝ちあがれなかったのは残念だが、研究調査に来たのだから、ワールドシリーズがボストンでない分だけ、街が穏やかでいいのかもしれない。この時期に来ようと思ったのは、学校が学園祭で週末休み、ということだった。ワールドシリーズは関係なかった。

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2008年10月21日 (火)

解散なしにこのままズルズル落ちる日本

自民党と麻生は任期いっぱいやるつもりのようだ。

現在、解散総選挙ではなく、今の世界情勢の中で日本はどうするかを論じるときだ。米国が覇権を維持できない状況で、日本はどのように進むのか?米国の崩れつつある覇権にすがりつくのか、自前の内外政策を確立するのかの岐路にある。

それを放棄して、解散だ総選挙だ、政局ではなく政策だ、言っていることは野党と与党で反対だが、今後日本はどうするという議論を放棄している点では一緒だ。米国が少しでも持ち直さないか、それだけを期待して時間稼ぎをしているようだ。

このままズルズルと日本は何も、自分の国のことを決められず、野党も与党もそのことを気にすることもなく、国民を地獄に引っ張り込もうとしているように思えてきた。それが意識的なのか、無意識な怠慢ゆえかは分からない。

冷たい目で野党と与党を見ると、麻生には今解散する力はない。このまま、解散できないまま、任期いっぱいをむかえるか、2人の前任者同様、どこかで政権を放り出すことになるのだろう。野党も、上記の議論ではなく、解散を迫ることで同罪だ。

今日本は、自立のチャンスだが、それをつかもうとせず、見ようとせず、雲散霧消させようとしている。

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2008年10月20日 (月)

1週間の始まり

月曜日、が僕にとっては1週間の始まりだ。毎週毎週、新しい7日間だ。でも実際は金曜日の夕方には1週間が終わった気になる。土曜日と日曜日はおまけだ。これが夏休みや春休みは毎日がおまけ、毎日が土日となる。おまけの意味は、自分の好きなことだけをやれる、という意味だ。だからだろう、長期の休み、毎日が日曜日というのは大好きだ。飽きる、ということはない。毎日が日曜日でも、日々新しい1日だ。

体質にもよるのだが、僕は寝起きはいい。目が覚めると、すぐに起きてしまう。寝ていた間の世間・社会・世界の動きを知りたい、と思う。知ってどうなるものではない、単なる好奇心だ。好奇心があるうちは、毎日が新しい1日だろう。

新しいというのは、ドラスチックに変化するということではない。ほんの少しの変化でもそれをとらえる好奇心があれば、日々新しい1日となる。これは新理論ではない、勝手な妄想だ。

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2008年10月19日 (日)

成功裡に終わった9条フェスティバル

土曜日、17日、9条フェスティバルに多くの人が来てくれた。

今日、18日、参加した人から感想を聞くことができた。まわりきれなかった、行きたいけれど時間が重なって行けなかった、という声が多かった。またある部屋の企画がすばらしく、一日中そこにいたという人もいた。

僕たちが開催した「えん罪列島・日本の検証」にも多くの人が訪れてくれた。椅子を追加するほどの集まり具合だった。「えん罪」を時系列と地理的広がりの中に記すことで、見落とされてきた「えん罪」を掘り起こすことが可能となる。これから、年表と地図をより充実させ、広く「えん罪」を拾い集めていきたい。パネリストとしてお話いただいた方々の報告内容は、どれもすばらしく、「えん罪」は一つひとつが「特別」なものであることを実感させられた。

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2008年10月18日 (土)

雨は降らない9条フェスティバル

今日、18日は今年で4回目となる9条フェスティバルの日だ。この集まりは日本国憲法の9条を守り、生活に生かそうとする人々が作り上げる祭りだ。

これまで2回目と3回目は雨に降られた。今年は、多分1回目がそうだったが、雨フリー(雨がない)フェスティバルだ。今日の晴れの天候は、9条をめぐる社会の情勢の反映だとよいのだけれど、どうだろう。

天候や、空気任せではなく、地道に自分たちで一歩ずつ歩むしかないだろう。そのようにして地歩を固めていくのだろう、と思っている。

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2008年10月17日 (金)

涙の利用は利用した奴でないと見抜けない?

変な記事を「朝日」で見つけた。見出しと記事の一部を引用する。

橋下知事「園児の涙利用」と保育園側を批判 行政代執行
2008年10月17日11時57分
 大阪府の橋下徹知事は17日、第2京阪道路の用地買収に応じなかった門真市の北巣本保育園の畑を行政代執行で強制収用したことについて、「政治的な主張や反対の理由はあると思うが、園の所有者は園児たちの涙を利用して阻止しようとした。一番卑劣な行為だ」と批判した。
(途中省略)
 一方、同保育園の松本剛一理事は「代執行の反対運動に園が園児を動員した事実は一切ないし、むしろ子どもにはショックを与えたくないので、畑がなくなると知らせることも避けてきた。子どもの涙を利用したと取られるのは心外だ」と話している。16日の行政代執行では、祖母に連れられて通園途中に畑に立ち寄った園児が1人いたが、5分ほどいただけで祖母がすぐに保育園に送ったという。
http://www.asahi.com/politics/update/1017/OSK200810170027.html

今年の4月ころだったのではないか、橋下知事が涙ながらに府下の市町村長に何かを訴えたのは…。あれはきっと「戦略的・戦術的」涙の利用だったのだろう、と思えてくる。こんなことを覚えているのは暇の証だね。

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2008年10月16日 (木)

朝陽と雪化粧の富士山

今朝、16日朝は早く家を出た。車で東京に向かったが、途中で日の出に出合った。太陽もまわりの雲もきれいだった。仕事を終え午前8時過ぎ、品川あたりを過ぎるころか、遠くに富士山が見えた。自宅に着くまで時々見ることができた。

富士山は、9合目の下あたりまで雪をかぶっていた。これまでは黒い富士山、上だけ冠のように白くなった富士山を見慣れていたので、あらためてきれいだな、と感じた。

こんな呑気なことを書いているうちにも食品汚染は広がり、経済はがたがたになっている。さて僕にできることはなんだろう、ということは考えているが、「馬鹿な考え…」という状況を脱していない。残念だ。

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2008年10月15日 (水)

素早い対応、でもちょっと…

また中国野菜の農薬汚染だ。どこで汚染されたのかはまだ不明だ。今回の事態に対する、売り手であるイトーヨーカ堂の対応は素早かった。今年初めの餃子事件の教訓が生きているようだ。あるいは、あの事件を他山の石としたものだろう。

こうした対応について「産経」の記事の一部と見出しを引用する。

【中国産インゲン】公表前に全店舗から撤去 イトーヨーカドー

2008.10.15 13:22
 高濃度の殺虫剤が検出された中国製冷凍インゲンを販売していたイトーヨーカドーは、八王子市保健所が健康被害を公表する前の13日に、すべての店舗と系列店から同じ製品を撤去していた。
(途中省略)
 健康被害を訴えた主婦は11日午後に冷凍インゲンを購入し、12日夜に食べて口がしびれるなどの症状を訴えた。ヨーカドー側は同日、主婦から連絡を受け、翌13日午前に全店で製品を撤去。会員カードなどから同じ製品の購入が判明した客には、食べずに店に持ってくるよう連絡したという。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/081015/crm0810151322027-n1.htm

素早い対応はすばらしいが、この記事で気になったのは「会員カード」を持っていて、それを使うと、日々誰が何を買っているかが、売り手に筒抜けとなっている、ということだ。ポイントを集めると、割引があるとか、金券をもらえるとか、いろいろ特典があるようだが、カードを発行している側には、それ以上の情報という「得点」がつくシステムだったのだ。これが情報化社会を利用した商売、経営というものなのだろう。自衛するには、カードを絞るか、あるいは自分で管理できる限界まで増やすか、どちらかだろうが、僕は増やすほうを選択しようかな。もう少し考えよう。今のところカメラ屋のカードしか持っていない。

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2008年10月14日 (火)

振り替え休日

今朝、14日朝、海岸まで散歩に行った。

何組かの小学生を連れた家族ずれがいた。午後、隣町までいったら小学生と父親という親子ずれを何組か見た。どうやら、小学生は土曜日に運動会か何かがあり、その振り替え休日らしい。そして父親は、多分、昨日出勤した代償の、振り替え休日ではないか、と考えている。何故休みかはどっちでもよい。父親と子供が平日の昼間、一緒に歩く時間を持つというのはとてもよいことだ。どの父子も楽しそうだった。そういう光景を見ると、思わず顔が緩んでしまう。

皆一斉に、休み・働く・帰省する…ではなく、それぞれが自分の都合で休んだり、働いたりできると良いと僕は考えているのだが、それを実現するにはどうしたらよいのだろう。皆一斉に行動するから、そのマキシマムの需要に応えようとするから、設備が過大となり、結果として料金が上がっているのではないだろうか。皆がばらばらに、例えば出勤すれば、混雑は平準化し緩和するのではないだろうか。また出勤と退勤時の電車の過密スケジュールもなく、運行の安全性が高まるのではないかな、などと暇人である僕は考えている。僕の母の口癖は「馬鹿な考え休むに似たり」だった。

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2008年10月13日 (月)

休日出勤

昨日、12日に書いたように、今日は出勤だった。

僕のクラスだけでなく、他のどのクラスも学生の出席率は普段より低かったようだ。いろいろ予定もあったのだろう。学生を責められない。

こうした杓子定規のやり方ではない、もっと別のやり方はないものかと思う。形式だけ整っていればそれでよしとするからひずみが出る。講義毎の目標がはっきりしていれば、半年で15回という回数にこだわらずによいのだが…。現在、講義の目標がはっきりしていないものを見かけることは珍しいことではない。目標なしの講義は漫然とノートを読む、あるいはノートを黒板に書き写すことで進んでいく。こんな講義は15回やっても意味はないと思うのだけれど、15回やればそれでアリバイ成立となる。これが各大学が文科省の15回という「指導」を唯々諾々として受け入れている背景だろう。

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2008年10月12日 (日)

明日、体育の日、は学校がある

明日、13日、第2月曜日、体育の日は本来は「休日」だが、僕の大学では平常どおりに講義が行われ、学生も出席することになっている。休日なので、体育の日なので、学生によっては対外的な部活動があり、出席できないものもいるようだ。

休日も学校があるわけは2つある。ひとつは月曜日の休みが増えたことによる。明日も、昔は10月10日だったものが、連休を作るためのハッピーマンデー制度(なんじゃこれは?)により2000年から、10月の第2月曜日となった。

さらにその前、1973年から、例えば11月3日と決まっている文化の日がたまたま日曜日に当たれば、翌日11月4日の月曜日が休日となる振り替え休日制度があった。

こうして月曜日の休日が他の曜日と比べ飛躍的に増えた。当初僕の講義は月曜日が多かったので、いっぱい休めると喜んでいたが、今や「休日」出勤となってしまった。とほほ…だ。

休日も休めないもうひとつの理由は、文科省の締め付けだ。学校教育法で、大学の講義は15週間行うことで、成立するとなっている。これまでは半年に12週くらいで済ましていたが、近年は15週を確保するようになっている。

この締め付けのために、講義時間を満たすために休日も講義をすることとなったと同時に、休講した場合は「補講」を求められる。世知辛くなった、というのは教員の言い分。

客である学生の反応だが、講義時間がしっかり確保されることを喜んでいるふうには見えない。それだけ学校の講義が、学生にとって意味のない、あるいは薄いものになっているということか…。多分そうなんだろう。

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2008年10月11日 (土)

生活の安全とおせっかい

こんにゃくゼリーをめぐって国会がゆれている?以下は「産経」の記事だ。

形は国が決める? こんにゃくゼリー 自民、議員立法へ 消費者行政迷走
10月11日8時6分配信 産経新聞
 こんにゃく入りゼリーを食べた子供が窒息死した事件を受けて、自民党内で10日、ゼリーの形状などを規制する新法制定を検討する動きが出てきた。消費者庁設立のきっかけともなったゼリー被害の防止に焦点を絞った新法だが、窒息による死亡事故が多いモチの規制との兼ね合いなど課題は山積する。新法制定の背景には、政府が消費者の安全をはかるため国会に提出した「消費者安全法案」でも根本的解決にはならないとされる事情があり、ゼリー規制の議論は政府・与党肝いりの消費者庁構想にも影を落としそうだ。(酒井充)
 「子供が見て、食べたら死ぬと分かるようにしないと。それぐらいはできるでしょ!」

(途中省略)
 国外では、EU(欧州連合)が独特の硬度を生み出すこんにゃく成分を添加物とし、ゼリーへの使用を禁止しているのに対し、日本国内では食品衛生法の対象は食中毒などに限られる。
 このため、今回のような死亡事故を防止する取り組みが「生産者重視から消費者の安全を重視する行政への転換の象徴」(中堅)と位置づけられている。

(途中省略)
 だが、新法でゼリーの形状などを規制するには「法の下の平等」という点で大きな壁が立ちはだかる。こんにゃく入りゼリーはだめで、モチは規制しなくてもいいのか-という問題だ。
 実際、10日の調査会でも谷公一衆院議員が「モチは昔から死亡事故が多い」と指摘した。一方、野田聖子消費者行政担当相は10日の会見で「モチはのどに詰まるものだという常識を多くの人が共有している」と強調したが、「ゼリーだけを規制し、モチやアメを規制しない合理的な根拠は見つかりにくい」(厚労省)というのが実態だ。
 厚労省の調査では、平成18年中に食品を原因とする窒息で救命救急センターなどに搬送された事例は、把握できた計803例のうち、モチの168例が最多で、「カップ入りゼリー」は11例だった。

(以下省略)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081011-00000072-san-pol

生活の安全は重要だ。しかしそう目くじらを立てるのではなく、どのような方法がありうるのか、餅での事故をどう防ぐのかをじっくり考えてもらいたい。今こんにゃくゼリーが問題になっているから議員たちは目立とうとしているだけだ。

普段から国民生活の安全・安心を考えていれば、いまさら騒ぐこともないだろう。これまでサボっていたことを覆い隠すためのアリバイ作りに思えないこともない。

ゼリーと餅だと、餅のほうが事故は多いが、それは食べる人が多いからではないのか。僕はこんにゃくゼリーを食べたことがない。餅は時々食べる。

日本の食生活は、箸でいろいろなものをつまみあげることができる、ということもあり、種類が多く、豊かだ。その豊かさがこうした問題を起こしていると考えるのではなく、こうした豊かさに応じた知恵を出してこそ人間と考えよう。

日本はそうした豊な環境に置かれている。それゆえ考えるべきことも多い、ということだ。

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2008年10月10日 (金)

震源地はどっち?日本のほうがまずくない?

今日、10日、東京の株式市場は7日連続の下げ。

「日経」は「日経平均は7日続落し、この間の下げ幅は3091円に達した。」(http://www.nikkei.co.jp/news/market/20081010m1ASS0ISS16101008.html)と書いている。これは、7日で平均株価が27%下落したことになる。

ニューヨーク市場について「朝日」は「ダウ平均の下落は7営業日連続。この間の下げ幅は計2271.47ドルに達し、下落率は20%を超えた。」(http://www.asahi.com/business/update/1010/TKY200810100001.html)と書いている。

この7日間についてみてみると、東京のほうが下落率は7%ほど高いのだ。

日本の麻生内閣の閣僚は、日本は大丈夫、と言っているが本当だろうか?かつて杉村大蔵衆議院議員は、わが大学に講演に来たときに「根拠なき楽観主義」のすすめみたいなことを言っていたが、その類ではないのか?

現在のような経済の混乱期に、一番まずいのは現状を把握しないことだ。現状把握抜きには何をすべきかが決まらない。現状把握できない場合は、何もしない、あるいは何もできない、という判断がベストの判断となるのではないだろうか。

それは自滅への道かも知れない。

僕は、閣僚の、特に首相と経済閣僚の本当の見解、彼らが代表している役所の官僚たちの見通しを聞きたい。彼らは情報を持っているし、それを分析して、対応策を出すのが仕事なのだ。それを果たしているだろうか…。

本当のところどうなのだろう。

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2008年10月 9日 (木)

努力が報われた――長崎大学長

昨日、9日、の続き。

ノーベル化学賞を受賞された下村さんは長崎大学の出身だが、長崎大学は昨年、07年秋に彼を名誉校友にむかえていた。先見の明だ。先ず学長のそれをたたえたい。

学長の任期は、明日、10日までだ。今大学は冬の時代と言われている。中でも地方大学は厳冬の中にいるだろう。その厳しい状況の中で、学長は努力を続けてきた。それが文科省の補助金獲得などにあらわれている。

そうした努力が報われた。退任の2日前の朗報だ。

よかった。長崎大学にとって、また学長にとって、よかった。

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2008年10月 8日 (水)

ノーベル賞――昔の名前で出ています…

昨日、7日はノーベル物理学賞、今日8日は化学賞。日本生まれの人が合計4人受賞した。

米国籍の南部さん、米国在住の下村さん、どちらの仕事もほぼ半世紀前のものだ。また日本在住の小林さんと益川さんの仕事も35年ほど前のものだ。今回の受賞が示したのは、35年以上前の日本の科学者の仕事はすばらしいものがあった、ということだけだ。4人のうちの2人が在米ということは、今の日本における科学研究の環境があまりよくないことを示しているのではないだろうか。そう考える必要があるのではないか。今回の受賞の意味をあえていえば、そういうことになるだろう。

ひとつだけうれしいことは、下村さんの出身校が、長崎大学の薬学部の前身、長崎医科大学付属薬学専門部だということだ。僕は1973年から1989年まで、16年3ヶ月、長崎大学にお世話になった。長崎では教育も、研究も、テニスも、楽しかった。

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2008年10月 7日 (火)

介護保険被保険者証

湯を沸かし、コーヒーを入れていたら、玄関のチャイムがなった。郵便局だった。

出てみると、書留ですと小さな封筒を渡された。封筒には介護保険と書いてある。開けてみたら、もうすぐ満65歳なので「介護保険被保険者証」を届けるとあり、黄色っぽいというか、安でのカレーのような色の証書が入っている。

これまで介護保険料は職場の健康保険と一緒に天引きだったものが、今度は自分で毎月納めることになるらしい。こういう「税金」の類は、天引きよりも、自分で納めて、その金額の高さ、あるいは価値の高さ(金額の安さ)が実感できる。これまでに価値の高さを実感したことはないが…。それはともかくとして、天引きはよくない、「公金」を僕たちが実際に負担しているということを忘れがちになる。確かに面倒だから、銀行などでの引き落としを利用する人も多いようだが、社会的な目を養うためにも、面倒でも、自分で月に一回、税金を支払いに行こうと思う。それが自分の生きる社会に対する緊張感を維持する道のひとつだと考えている。

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2008年10月 6日 (月)

雨の朝、早期解散を願う

昨夕、5日の夕方から降り出した雨、今朝にはしっかり降り、風も強かった。こうやってひと雨毎に秋が深まっていくのだろう。

今朝は、学校に早く行かなければいけないこともあり、昨夜から散歩はあきらめていた。今朝の降りと風では、たとえ学校が休みでも家でぐずぐずしていただろう。それでも朝室内で軽く身体を動かした。

新学期が始まり3週間目。学生のエンジンもやっと本調子。このまま元気でやってもらいたい。国会のほうも今日から本格的な委員会審議。世界の情勢は日本の議会の「解散」どころではない緊張感。しかし今の日本の麻生内閣は、2代続けて放り出された政権の2番煎じの内閣。こうした世界的な危機に立ち向かうには「正統性」に、国民からの負託を受けているかどうかという意味で、疑問がある。その意味では、世界の傷がのっぴきならなくなる前に解散し、国民の負託を受けた、諸外国に対しても正統性を主張できる内閣の成立が必要だろう。

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2008年10月 5日 (日)

アナログ生活に戻る

ここ何年間か、4年以上?、使っていた電子手帳を止めることにした。それと同時にGoogleのカレンダーの使用も縁遠くなるだろう。

今日、5日、筆記用具で紙に予定などを書きこむ古典的な手帳・メモ帳を買ってきた。今日から使い始めた。アナログ手帳に変えたのは、デジタル手帳だと僕が予定を間違うことが多いためだ。

アナログだと複数のページを「ほぼ」同時にみることができる。しかしデジタルではそんな器用な真似はできない。これまでは僕自身にエネルギーがあり、記憶力も少しはしっかりしていたために、デジタル手帳の不十分さ、機械的几帳面さを、僕のというか、人としての柔軟性が補っていた。しかし、最近これは僕自身の柔軟性が減退しているためだろうが、その不十分さを補うことに失敗し、間違った約束をして、後日変更を頼むというような、人に迷惑をかけることが出てきた。僕自身も、あっそうだっけ、ということを時々経験する。

それでアナログ手帳に戻すことにした。

薄くて軽くて簡単なものを見つけた。あまり小さいと書き入れる文字が小さくなり、後で読めないので、文庫本程度で8mm程度の薄いものだ。表紙は厚紙のみ。表紙には皮製とか、プラスッチク製のものが用意されていたが、それは僕には不用。持ち歩くのにはできるだけ軽く、薄いほうがいい。一応住所録などのページはあるので、そこにこれまでデジタル手帳に入っていたデータをプリントアウトして貼り付けよう。

本屋には、来年の手帳が並んでいた。その中に、今年の9月始まるもの、10月から始まるものがあった。僕は、10月から始まるものを買ってきた。まあ、しばらく使ってみよう。

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2008年10月 4日 (土)

金融救済法――呼称の違い

米国時間で3日、日本だと4日未明あるいは早朝成立したのは前にもここでそう読んだが「金融救済法」だと思っている。

ところに日本のマスコミでは「金融安定化法」とか「金融対策法」などとしてところが大多数だ。今朝、4日朝になって気付いたが「朝日」は「救済法」で、「共同」が「対策法」、それ以外は「安定化法」だ。

これは報道の姿勢としてまずいのではないだろうか。現状は、この法律で昔のウオール街の勢いを取り戻すことはできず、何とか生き延びることができるだろう、というところだ。それがはっきりしているからだろう、法案成立後、ニューヨークの株式市場の平均株価は下落した。救済法で生き延びても、将来は従来のビジネスモデルは通用せず、別のやり方を模索する必要がはっきりしているから下落となったのだろう。また、その背後には米国経済全体の落ち込みもある。

今回の法律は、大盤振る舞いだ。ウオール街の救済だけで75兆円、それ以外の下院での成立を図るために付け加えられた大減税、これらには財源の裏付けがない。ドルを増し刷りするだけだ。

今以上に裏付けの薄いドルが大量に出回る。これでドルが上がるはずはない。いよいよ強いドルの終焉のようだ。自国の通貨の弱体をもたらすのは外圧ではなく、内部の弱さ・不正であることの見本として、将来教科書に載ることになるだろう。

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2008年10月 3日 (金)

My TextFile――不安定なメモ帖、Googleの落ち目の始まり?

My TexFileがこの数日間使えなかった。メモをしてセーブしようとしてもセーブできなかった。結局この数日間のメモはどこかへ消えてしまった。

前に書いたと思うが、このメモ帖はGoogleのアカウントでログインする。最近Googleのパフォーマンスがひどく落ちている気がする。Googleノートが便利で使っていたが、これも最近アクセスが不安定になっている。

こういうことが続くと、チャレンジ精神を持った若者は、Googleで働くことを躊躇するようになるのではないか、と思う。それが「Googleの落ち目の始まり?」の意味だ。今あたりがGoogleの頂点だと思う、後は落日への歩み…。

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2008年10月 2日 (木)

頂上が白い富士山が見えた

今朝、2日朝の散歩で富士山を見たら、頂上付近が白くなっていた。「朝日」によれば「山梨県富士吉田市役所が1日、富士山の「初雪化粧宣言」を出した」(2008年10月1日、http://www.asahi.com/travel/news/TKY200810010317.html)という。

甲府気象台はすでに8月9日に初冠雪があったと発表した。しかし富士吉田市役所は地元として、2年前から気象台とは別に初冠雪情報を発表するようになったという。言い分は40キロ離れた気象台より、地元の目、ということのようだ。

市役所によると8月9日、頂上付近は白くなったが、あれは「ひょう」によるもので、今年の初冠雪は10月1日だという。今朝の美しさらかすればどっちでもいいが、いよいよ秋、その先は冬、という感が深まる。僕は夏と冬が好きだ。

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2008年10月 1日 (水)

10月だ、秋だ

新学期で落ち着かないうちに、いつの間にか10月1日。

朝はなんとなく夜のうちの雨の風情が残っていたが、夕方はきれいに晴れ、青空も、夕焼け雲もきれいだった。久しぶりの景色だった。でも天気が良いとキャンパスから見える富士山はまだ見えなかった。

これからは次第に秋本番となる、そうすれば富士山もきれいに見えることだろう。それも朝の散歩の楽しみだ。僕は暇だなあ…、とつくづく思う。

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