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2007年4月29日 (日)

石原都知事の言葉の軽さ

石原は自らの言葉の軽さを自覚しているのだろう、だからどうしても強い、乱暴な、一方的な言い方になるのだと思う。

以下は「朝日」の記事だ。記事の見出しは次の通りだ。「石原知事『選対・佐々さんの受け売り』 震災巡る発言で」http://www.asahi.com/national/update/0428/TKY200704280132.html (2007年04月28日13時01分)

95年の阪神大震災をめぐり、「首長の判断が遅かったから2000人余計に亡くなった」という石原慎太郎・東京都知事の発言が波紋を呼んでいる問題で、石 原知事は27日の定例会見で「ちょっと数字は違ったかも知れないけど、佐々(さっさ)さんの受け売りでね」と述べ、都知事選で石原陣営の選対本部長を務め た佐々淳行・元内閣安全保障室長を引き合いに出した。

自分の言葉に責任を持ちたいと考えている人間、あるいは自分の言葉に自信を持っている人間は、他人の言葉を借用する際には、誰の言葉かを明示するものだと思う。

「人々の、人々による、人々のための政治」のような有名な(「人々」ではなく「人民」が一般的のようだが)言葉・文章はあらためて出典を明示する必要はないが、具体的な数字や、新しい事実を明らかにする場合は、ソースを示すことは常に求められていることだ。

これは、言葉を大事にする、自分の言葉に責任を持つ人であれば、常に率先して実行していることだろう。

そう考えて石原の言動をみると、彼は自分の言葉を信じていない、その場限りのすぐに消え、忘れ去られていく言葉を弄していることが明らかになってくる。

もしいずれ、彼の記者会見などを見る時には、彼が本当に思っている発言(あればだが…)と、はったり的な強い・乱暴な言葉とを区別して聞き分けてみようと考えている。

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2007年4月25日 (水)

新学期、07年春

昨年の今頃も、新学期について書いている。

昨年は元気だった。今年も元気だと思うのだが、今書こうとしているのは「新学期は疲れる」という内容だ。

今年疲れるのは新たな科目を始めたためかもしれない。それと、その新しい科目の効果か、他の科目の受講者数が増えたことがある。

僕は基本的には試験はやらない。試験は、その分野についての理解が乏しくとも、一定の言語(読解)能力を持っていれば、問題文から答えを読み取ることは難しいことではない。それで僕は試験をする気にならない。

その結果、教室で学生との対話(なかなか成り立たないが)とアンケート(感想文)を行うことになる。大変なのは、アンケートを読んで、僕の感想を入れ、ひどい誤字があれば訂正することだ。学生に提出してもらったアンケートは、感想などを記して返さなければ意味がない。

期末試験だと、学生が書いた答案はいつ学生に返すのだろう。時間がたって、次の学期に返されても、気の抜けたサイダーあるいはビールのようなもので、甘いだけあるいは苦いだけ、だろう。

多分今年、新学期が疲れるのは、新しい科目を始めたことと、受講生の増加と考え、年を取ったためとは考えないようにしよう。

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2007年4月15日 (日)

カラスとトンビ

夕方海に散歩に行った。数羽のカラスとトンビが喧嘩していた。

波打ち際に黒いものがあり、トンビがそれに近づこうとすると、カラスがそれを追い払い、さらに上空まで追いかけて、遠くに追いやろうとしていた。

なんだろうと思って、黒いものに近づいたところ、どうやらそれはカラスの死体のようだった。見ていると別のカラスがやってきて、黒い物体に盛んに呼びかけているようだった。いかにも「起きろ」、「目を覚ませ」と呼びかけいるようだった。

それらカラスは家族かもしれない。単なるいつもつるんでいる仲間なのかもしれない。彼らの絆の深さを感じた。

カラスとトンビの攻防は十分ほど続いたが、結局トンビはあきらめて飛び去って行った。

いつもは、カラスの泣き声や糞に悩まされていることもあり、また小鳥がカラスの被害を受けていることもあって、憎らしい存在だが、今日は一生懸命生きている生き物としてカラスを見ていた。

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2007年4月14日 (土)

デスクトップが使えるようになった

このところ1ヵ月ほどデスクトップが使えなかった。今日から使えるようになった。

問題は、本体ではなく、無線LANの受信部分が機能せず、スタンドアローンでしか使えない状況だった。そうするとパソコンとして大変使いにくいことが今回分かった。それほどまでにネットに依存していることを自覚できた。

この依存状態をどう考えればよいのだろう。依存を減らすことを考えたほうがよいのだろうか?それともこれは必然だから、気にすることはないのだろうか?

今週は新学期でいろいろあった。入学式は先週で、今週月曜日から講義がフルに始まった。それなりに忙しく、疲れた一週間だった。

僕が今の大学に来たのは、1989年4月だが、新入生にはその年に生まれた人が結構いる。歳をとるはずだ。

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2007年4月 5日 (木)

人材バンク――目くらまし

人材バンク、公務員向けの、が最近取り上げられている。

僕のような年寄りは、人材バンクと聞くと、愛人バンク、なんてのがあったなあ、と思ったりする。

こんな「不謹慎」(?)なことを書くのは、今回の人材バンクなるものが、論点をそらす、人々の注意を本質からそらすことにあるのではないか、その意味で「目くらまし」と考えるからだ。

なぜ、公務員の「天下り」が問題となるのだ。なぜ、民間や第3セクターは彼らを受け入れるのか? それは彼らが仕事を持ってくるからではないのか? つまり彼らの持参金がほしくて、受け入れているのではないか? 持参金は、公共工事の発注から、規制の問題まで幅広く考える必要がある。

これは「官」の発注や各種の規制の方法に問題があるのだ。ここを見ずに、ただ天下りについて、だらだら議論するのは、目くらましに過ぎない。

近年、若い将来を嘱望されている高級公務員が辞めて、官界から飛び出す事例が増えている。彼らは「天下った」とは言われない。新天地を求めて羽ばたいた、と言われる。こうした若手の公務員のような形で、定年を迎えた公務員が羽ばたくのは「天下り」ではない。人的資源の活用だ。

必要なのは、天下りの制度化・透明化ではなく、現在の役所のシステムの改革だ。

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