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2006年9月30日 (土)

風邪をひいたけど、嬉しいメールが来た

昨年も9月に風邪をひいた。函館のホテルで半日寝ていた。

あれは9月の初めだった。一昨年はどうだっただろう。記憶にない。

まだ長崎にいた1980年代の後半は、いつも春休みが過ぎ、もうすぐ新学期という時期に数日間寝込んだ。それがここ少なくとも2年連続で、夏休み明けの新学期の時期にひどい風邪をひく。

今回は、夏の疲れ、ということはないと思う。おっちょこちょいで、布団をきちんと掛けずに寝ていたために、冷えたのだと思う。

今朝、米国にいる編集者から、9月6日にこのブログに書いた原稿が、彼の雑誌の記事を評価している The History News Network で第9位にはいったというメールがきた。

何とか彼との仕事を完成させたい。

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2006年9月29日 (金)

英語は飾り?

日本の文部大臣が「菓子は余裕があれば」という言い方で、小学校での英語必須化を否定した。

僕も小学校から英語を必須で教える必要があるだろうか、と考えているが、それは英語は主食でも、副食でもなく、間食の類だからではない。むしろ、僕自身は英語は不得意で国際会議では大変なのだが、英語は主食だと思っている。その意味で、つまり、小学生に2種類の主食を強制することの問題、あるいは無意味さを考えている。

文相発言は「朝日」だが、そこで彼の次の発言が紹介されている。

「菓子は余裕があれば」 小学校英語必修化を文科相否定
2006年09月29日12時46分
3歳まで英国で暮らした自分の子どもを例に、「(日本に)帰って1カ月たったら、全然しゃべれなくなった」とも述べた。
http://www.asahi.com/life/update/0929/005.html

いくら栄養を、主食を摂っても、運動をしなければ筋肉や骨にはならない。今の日本では、無理して英語を詰め込んでも、それを具体的運用能力に高める環境が乏しい。

むしろ中途半端に小学生に英語を教えることは、日本語という、主食の消化不良を起こし、二兎を追うものは一兎をも得ず、ということになるのではないだろうか。

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2006年9月28日 (木)

甘い認識ーカネミ油症被害者ーこれも小泉のやり残し?

僕の認識は、いつもそうだけれど、甘かった。

僕は7月1日に、「ダイオキシン類による被害――カネミ油症被害」として「昨年くらいからカネミ被害について動きが出てきた」と書き、その3ヵ月前の4月12日には「政治家の判断・官僚の判断先送り」として「国が債権、17億円を放棄する。これは久しぶりによいニュースだ」と書いた。

しかし実際には何も動いてはいなかった。以下は9月24日の「日経」のサイトの記事だ。

終わらないカネミ油症・仮払金返還免除、宙に
 発覚から38年になる食品公害「カネミ油症事件」の被害者が24日、集会を開いて新たな救済策を訴える。裁判でいったん国から仮払金を勝ち取ったが、最高裁で企業側と和解し訴えを取り下げたため、残る計17億円の返還を求められ困惑。その免除などを盛り込もうとした救済法案は先の国会提出が見送られた。効果的な治療法が見つからない中、被害者は「新政権は率先して解決に動いて」と訴えている。
 「あの米ぬか油で調理した、いため物や天ぷらさえ口にしなければ、私の人生は違った。期待した特効薬は見つからず、苦しみはいつまで続くのか」。東京都八王子市の飯嶋千寿さん(58)は、食品公害のきっかけとなったカネミ倉庫(北九州市)製の米ぬか油に憤る。 (07:00)
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20060924AT1G2202X23092006.html

4月12日に取り上げた「朝日」の記事には「自民党の甘利明政調会長代理は『仮払いされたものを返せというのはあまりに気の毒だ』と語った」とある。

今回の新しい内閣で、甘利は経済産業大臣に就任した。

カネミ油症被害は、産業が製造した、工業製品でもあるライスオイルが原因だ。大臣がその気になれば経済産業省の守備範囲に含めることもできるのではないか?与党の政策担当者として発言したことを、行政担当者として現実ものにできる立場に変わった。是非、閣僚として取り組み、早期の解決を図ってもらいたい。

切に希望する。

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2006年9月27日 (水)

9条フェスタが記事なった

毎朝恒例のニュースサイトのネットサーフィンをしていたら、エキサイトで嬉しい記事に出会った。

それは以下の通りだ。

社会ニュース > 記事
憲法守れ「9条フェスタ」 60団体がシンポや講演  [ 09月27日 07時16分 ]
  共同通信 
 新憲法制定を掲げる安倍晋三新政権の誕生で改憲論議が高まる中、市民団体や非政府組織(NGO)など約60の団体が、戦争放棄をうたった憲法9条の大切さを訴える「輝け9条!世界へ未来へフェスティバル」を10月1日、東京都の品川区立総合区民会館で開く。
 フェスティバルは戦後60年の昨年に続いて2回目。
 憲法9条や、アフガニスタン戦争、イスラエルによるレバノン空爆、従軍慰安婦など多彩なテーマごとに、シンポジウムや映画、パネル展、戦争体験者による講演などを企画している。
 シンポでは、国会議員らが憲法改正の是非などを議論。子供向けの漫画や紙芝居もあり、東京地裁判決で東京都が敗訴した日の丸、君が代問題も取り上げる。
 問い合わせは、フェスタ事務局の日本婦人有権者同盟、電話03(3370)2727。
http://www.excite.co.jp/News/society/20060927071614/Kyodo_20060927a478010s20060927071614.html

僕もこのフェスタで、「帝銀事件」を考える会の一人として、帝銀事件、狭山事件、それに外務省密約と記者訴追事件、の3つを取り上げ「えん罪と報道を考える」というシンポジウムを、2時30分から受け持っている。

パネリストは片島さん(映像ジャーナリストで平沢貞通氏を救う会の事務局長)、土江さん(放送ジャーナリスト)、青木さん(狭山弁護団)である。中身の濃い話しが期待できる。

それに先立ち、11時から帝銀事件および外務省密約事件についてビデオおよびDVDの上映も予定している。これら事件を知らない人には是非見てほしい映像資料だ。

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2006年9月26日 (火)

汗びっしょり

暇つぶしに、新内閣の閣僚の記者会見を見た。

これは無料のブログ、グーグルのブログの調子が悪く、午後3時過ぎからずっと入稿できなかったことによる。今、午後8時頃だが、症状はさらに悪化している。有料なら文句を言うのだが、無料だと文句を言う気にならない。何か言っても無駄、という気がする。実際はどうなのだろう。

この結果連載を続けてきた「『731部隊―実像と虚像』講演録」の原稿はできているのだが、今日はアップできないかもしれない。

暇つぶしに大臣の記者会見を見ていて、今回「沖縄北方・少子化・男女共同参画」担当大臣に就任した若い女性、僕よりは若い、が汗をだらだら流して記者会見をしている光景を目にした。ラジオだけ聞いている人に、すごい汗を流してやっていたと教えたら、ずいぶんおばさんみたいな、60過ぎの人のような声だったのは、そのせいだったのかなあ、と言っていた。

顔を見ていると、汗が見苦しく、声の質までは気付かなかった。汗の見苦しさは決して彼女の責任ではなく、僕が二日酔い、深酔いした翌日はいつもあんな汗をかくのでそれを連想したのだった。

あの異常な汗の原因は何なのだろう。

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2006年9月25日 (月)

小沢(民主党代)は大丈夫なのか

小沢が「検査入院」したという。以下は「読売」の見出しだ。

小沢・民主代表、党大会後に体調不良で検査入院
(2006年9月25日19時6分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060925it11.htm

代表選出後、すぐに「検査入院」。政治家の病気は症状を軽く軽く発表されるのが常だ。ましてや小沢は心臓に持病を持っているらしい。

それで大丈夫か、と思ったわけだ。

しかし一方で、希望的、かつ無責任な思いもある。それは、今日のマスコミ報道が自民党の三役人事に占領される中で、民主党の枠をとるには「検査入院」はよい材料となるだろう。

さらに、「検査入院」することで、自民と新三役の顔ぶれや、世論の反応を見極めてから民主党の役員人事の細部を詰めればよい、ということもある。

民主党という、また小沢という責任ある政党・政治家が僕が考えるような軽率なことはしないだろう。小沢の「検査入院」が本当に検査で、そして検査した結果が問題ないことを祈る。

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2006年9月24日 (日)

人体の不思議展(人骨(ほね)の会の研究会報告)ー続き

昨日の研究会は、長年不思議展に違和感をいだいていた会員の「違和感」の実態を聞くことが目的のひとつだった。その会員、Hさんについては、このブログで9月12日に紹介した、

Hさんはかつて臨床検査技師として仕事をしていた。その仕事をするための教育の一環で死体解剖にも立ち会っている。

僕たちはHさPict1216んにご自身が教育実習として受けた「死体解剖」の死体と、1995年の科学博物館のプラスティネーション標本や2003年の東京国際フォーラムのプラストミック標本との違いを聞いた。
僕なりにその言葉を次のように理解した。死体解剖の死体には「生々しさ」、それは臭いだったり、数日、あるいは数ヶ月前には生きていたあかし、そうしたものが感じられる。それに対して、プラスティネーションやプラストミックにはそうした「生々しさ」というか、現実感や臨場感がない、ということのようだ。

プラスティネーションは死体を加工して作られたものなのだが、展示された標本の不自然な姿勢は別にしても、生物としての、ヒトとして生きていた、臭い、雰囲気、存在感…が感じられない、ということなのだろう。

そうした現実感のない標本を、これぞ人体と展示することは、Hさんからするとご自身がかかわった解剖の際の死体、変な言い方だが、生身の死体に対する侮辱、ということかもしれない、と思った。

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2006年9月23日 (土)

人体の不思議展(人骨(ほね)の会の研究会報告)

今日、「人体は商品なのか?~『人体の不思議展』から見えてくるもの~」という研究会を人骨(ほね)の会として行った。

あまり準備もできず、急遽行なった研究会だったが、関心のある方が来て下さった。

今後、人体の不思議展は、埼玉・さいたま市(11月末から)、兵庫・神戸市(12月初めから)での開催が予定されている。この夏の仙台展の途中まで「後援」をしていた日本医学会が後援を降りた。多分、日本医師会も降りると予想される。

さて、研究会に先立ち「不思議展ビデオ」(¥2000<税込>)を20分ほど見た。それについての感想です。

臓器、切開、その他医学の専門用語の羅列でして。僕はそれだけで厭になりました。このビデオの宣伝文句には「自分の身体を見つめ直す絶好の機会です」(http://www.jintai.co.jp/shop2.html)とありますが、こうした医者のジャーゴン(専門用語・符牒)で言われて、自分の身体を理解して何の意味があるのか、それが本当の理解につながるのか。自分が日常使っている、臓物(ホルモン)とか切る、といった言葉で理解して初めて、分かったということになるのではないか。

次に、不思議展のホームページの趣旨の箇所に以下の記述があります。
http://www.jintai.co.jp/shushi.html

海外では早くから『インフォームド・コンセント』という患者の意思を反映させ、医療計画を立てていく考えがありました。すなわち、「自分自身が自分の<からだ>を知らなければ、医師とのコミュニケーションは図れない」という考え方です。

こうして、医者のジャーゴンで自分の身体を理解したとしても、その上でのインフォームド・コンセントは、医者の側の論理や理屈の押し付けを助長するのではないだろうか、と考えます。

もう一点、ビデオの問題点として感じたことは、心臓や肝臓をクローズアップして、それぞれの機能を説明していたが、ヒトはそうした「部品」の集まりなのだろうか? だとすれば「心臓移植」も意味があるだろう。しかしそうだとすると、現在がん治療などで注目されているホリステッィク医療(全身的医療)などの位置付けはどうなるのだ。さらにアジアの伝統医学で言う、経絡やつぼはどう考えればよいのだ。

このように考えてくると、不思議展は西洋近代医学の終着点ともとれる。つまりヒトを全体として捉えることを拒否し、部品(パーツ)の集まりと捉え、それら部品にしか目の行かない医療を、誰の目にも明らかにした展示会だ。

商業化社会で、あらゆるものを商品化して来たが、ついに人体の臓物(腎臓や肝臓など)を商品化し、さらにはプラスティネーション標本およびプラストミック標本という形で、遺体を見世物とするところまで「ものを売る」ことが「進化」した。

死体を加工し、死体は怖いけれど、見るだけなら大丈夫、という仕掛けで遺体を見世物とする。これが商業化の終着点だろうか?

不思議展には多くの医学者・医療関係者が監修者として名前を連ねているが、上記のような疑問は持たれなかったのだろうか?
http://www.jintai.co.jp/kanshu.html

こうした問題に何の疑問も持たないような医者・医療関係者の厄介にはなりたくないもんだ。

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2006年9月22日 (金)

新学期

夏休みが明け、今日で新学期が始まって2週間目に入った。

今週は18日の月曜日が休日だったので、月曜日に4コマある僕にとっては本当の意味ではまだまるまる1週間が過ぎたとは言えない。それでも1週間、新学期は夏休みのペースが残っていて、なかなかしんどいものがある。それでも僕は、若い学生の精気を吸って生きている、元気をもらう、という感じもある。それがなくなったら、教師を辞めなければいけないのではないかな、と思っている。

ここからは昨日の続き。

人は具体的な事がらは分かるが、抽象的な事がらは、人によって理解のレベルが違う。

そのことが、最近の小泉(首相)人気も反映しているのかな、と思ったりする。

それは、総理大臣が、政府がどんな政策を取る/採るかが、いずれ一人ひとりの生活に影響するのだが、そこまで考えて政府や閣僚に対する支持・非支持・不支持を、心の中で決めているのだろうか。なんとなく気分が明るくなれば、それはそれでとても重要なことだが、それだけで判断してはいないのだろうか。

これは僕にとって、よく分からない問題だ。

僕は学校で学生に、僕自身がよく分からない社会現象をぶつけて、彼らの考え方や、社会の趨勢を推し量ったりしている。

学校はそういう場として、僕にとってはとても楽しく、そして大切な場所だ。

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2006年9月21日 (木)

二つの見出し

君が代斉唱と日の丸掲揚について、東京地方裁判所の判決が出た。

以下はそれを報じた「読売」と「時事」の見出しだ。

国旗掲揚時の起立強制は違憲、地裁が都に賠償命じる
(2006年9月21日15時20分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060921it09.htm

君が代斉唱の義務なし=都の通達は違法-教職員の訴え認める・東京地裁
2006/09/21-15:04
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2006092100600

この二つの見出しのインパクトは全然違う。一方は「違憲」の判断が出たことを伝えている。他方は、単に「違法」というだけだ。

これはどの程度違うのか。例えば自転車の二人乗りは違法だ。夜間、自転車が無灯火で突っ走るのも違法だ。しかしそれらの行為は違憲=憲法違反ではない。

違憲と違法とでは、同じ「違」反行為でも重みが全く違うのだ。それは思想信条の自由という観点から考えた時に言えることだ。

しかし、先の例で言うと、自転車の違法な乗り方は人を殺すことがある。他方東京都の今回の「違憲」行為は人を肉体的に殺すわけではない。しかし、自分の良心に従った結果として処分された人は、ひどく心を傷つけられたことだろう。

今の時代、そうした「見えない死」あるいは「見えない傷」の存在に無頓着、あるいはそうしたことを理解できない人が増えているのかもしれない。

今回の「違憲」判決を生み出した、都知事などはその最たるものだろう。

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2006年9月20日 (水)

731部隊ー実像と虚像、連載開始しました

9月10日に「予告編」で予告した連載を、9月12日から始めていました。

アドレスは以下の通りです。
http://tsunesan.blogspot.com/

今日、9月20日で、敗戦直前までが終わりました。次回からは敗戦直後から戦後の話になります。今のところ全体の5分の3ほど進んだところです。

現在、731部隊の連載をしているブログではコメントは受けられるようですが、トラックバックは受けられない設定になっています。これは僕が設定したのではなく、始めたときの設定のままです。いずれ、コメントもトラックバックも受けられるようにしたいと思っています。

もうひとつ、731部隊の連載をしているブログの不便なところは、時々「再読み込み(リロード)」しないと古いバージョンが出ることです。現在、トップは9月20日投稿の「731部隊ー実像と虚像」講演録 9 です。

皆様のコメントを参考にして、よりよいものを人骨(ほね)の会の通信に載せたいと考えています。率直なコメントを待っております。直接返事を差し上げることはありません。人骨(ほね)の会の通信に生かすことでそれに代えるつもりです。

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2006年9月19日 (火)

安倍ガードと後追い記事

最初に付け足しから。「朝日」が「読売」を1週間遅れで追いかけている?

別に追いかけているつもりもないのだろうが、「国連総会の演説に首相・外相欠席 与党内に批判も」という見出しが「朝日」に出た(2006年09月19日18時59分)
http://www.asahi.com/politics/update/0919/005.html

内容的には「見出し」に尽きていると思う。その意味ではよい「見出し」だ。

この件を「読売」が9月13日、ほぼ1週間前、に報道していることは既にその日のブログ、「外交ではなく単なる外遊だった?」で紹介している。

この記事を見つけたのは、今日、19日、日本政府が開始した北朝鮮への経済制裁の記事を読もうとして、サイトをぶらついていたためだった。

さて今日の本題。小泉(首相)の安倍(官房長官)への思いやり?それとも深情け?

経済制裁についての「読売」の記事の一部を引用する。

 安倍官房長官は19日午前の記者会見で、「関係国と緊密に調整してきた。米国や韓国はすでに必要な措置をとっており、オーストラリアは本日新たな措置を発表する。引き続き関係国に必要な措置を取るよう呼びかける」と述べた。
(2006年9月19日14時29分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060919it03.htm

この談話で分かるのは、今日一斉にいくつかの国が制裁に踏み切ったわけではないということだ。いわば皆で渡れば怖くない、ではなく自分の判断で渡ったことが分かる。しかも、先日の国連安保理事会決議に基づく措置としては、今日同じ決定をしたオーストラリアと日本の2ヵ国が先陣を切った。米国は既に制裁を行っているが、これは安保理決議に基づいたものではない。

何故これが安倍への思いやり、安倍ガードなのか。

これはなかなか厳しい措置だ。以下のような状況がある(「共同」)。

中国が、対北朝鮮金融制裁に反対表明 
【16:10】中国外務省の秦剛副報道局長は、日本政府による対北朝鮮金融制裁について、反対を表明した。
http://flash24.kyodo.co.jp/?MID=RANDOM&PG=FLASH

こうした面倒なことは、もうすぐ辞める自分の政権でけりを付けて置こう。どうせ辞めるのだから、何をやってもいい、だめなら次の政権は新しい決定を、方針を定めればよい、ということだろう。

本来であれば、北朝鮮に対して強硬姿勢でうってきた安倍が新内閣でこうした方針を、決定を出せればよいのだろうが、それは難しいだろと小泉は判断したのではあるまいか。それで自分の花道というより、安倍登場の舞台装置を用意したと見える。

実際はどうだろう。もし、安倍政権になって、国際世論に負けて、日中や日韓関係の改善と、北への経済制裁、どちらをとるか、というときにどういう選択がなされるだろうか。もし安倍に人気があれば、それなりに政治力を維持しているわけで、制裁中止の判断もあるだろう。それで政権が揺らぐこともないだろう。

しかし、噂されるように短命の運命であれば、制裁中止は人気の低下、政治力の衰退に拍車をかけることになる。

小泉はそこまで狙っているのだろうか。つまり、安倍政権では、日韓・日中関係から北への制裁は無理で、だから自分の内閣でやる。しかしこれは時限爆弾で、日中・日韓関係の後始末と制裁発動の国際的反発で安倍政権をぼろぼろにすることが狙いではないのか。

その先に、最近では例のない、元・前首相の首相への帰り咲きを狙っているのか。この読みは森永卓朗の「日経BP」のコラム「ポスト安倍は“小泉”という可能性」に多分に影響を受けている。
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/o/48/

どうも、小泉というのは単なる安倍思いだけの人ではなさそうだ。この結果が分かるのは1年か1年半くらい先だろう。

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2006年9月18日 (月)

本当だろうかー「慰安婦」決議報道

多分本当なのだ。僕が本当?と思った、という意味は「嘘だろう」ということではなく、自分で中身を確認したい、ということだ。

僕はサイトで韓国の「中央日報」と「朝鮮日報」をほぼ毎日チェックしている。今日「中央日報」で次の記事を見つけた。長い記事なので、途中を省略して引用する。

<取材日記>日本の‘ドルロビー’に勝つ方法
  「この決議案は不正確な事実に基づいた、非建設的な内容で、安倍晋三をはじめとする日本の指導部は大きな衝撃を受けた」。
  米下院国際関係委員会(委員長ヘンリー・ハイド)が13日、日本の従軍慰安婦動員を非難して反省・賠償を促す決議案(759号)を全会一致で通過させた直後、駐米日本大使館は委員会にこのように抗議した。決議案は慰安婦問題に深い関心を抱いてきたレイン・エバンズ下院議員が01年から提出してきたものだ。しかし日本側の働き掛けで何度も廃棄されてきた。千辛万苦の末に決議案が通過したのは、エバンズ議員の執念と太平洋戦争参戦勇士であるハイド委員長の決断に後押しされたからだ。
 さらに日本は米共和党の元院内総務である大物政客ボブ・マイケルを毎月6万ドル(5800万ウォン)支払ってロビイストとして雇用している。ボブ・マイケルの強大な影響力は6月にエバンズ議員が決議案を上程した際に表れた。当時ボブ・マイケルは下院指導者らに対し「小泉純一郎日本首相が近くワシントンを訪問するだけに、時期的に不適切だ」と主張し、決議案上程の無期延期に成功した。 日本は今後もボブ・マイケルを前面に出しながら、決議案の本会議最終通過を極力阻止する公算が大きい。
ワシントン=姜賛昊(カン・チャンホ)特派員 <stoncold@joongang.co.kr>
2006.09.17 18:08:00 
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=79967&servcode=200&sectcode=200

今引用した部分で、先の意味での本当?という箇所は二つある。

ひとつは在米日本大使館がそんな率直な申し入れをしたのか、という点だ。日本の報道機関の大部分が、この決議を無視し、報道していない。それは「安倍晋三をはじめとする日本の指導部」が無視を決め込んでいるから、と思っていた。ところがこの報道によれば、沈黙の理由は決議の「衝撃」だったようだ。

もう一点は、本当にロビイストに、大物とはいえ、毎月6万ドル(約710万円)も払っているの?ということだ。

第一点目は今後、内外の報道を追っていけばだんだんと明らかとなるだろう。第二点は、これはなかなか難しいが、ロビイストの相場を調べていけば、このあたりなのかどうかが分かるかもしれない。

でも僕が知りたいのは一点目だ。

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2006年9月17日 (日)

外交ではなく外遊ー続き

自民党総裁選挙は盛り上がっていないようだ。

それでか、候補者の一人、谷垣(財務相)は日本時間の16日深夜、シンガポールで取材を受けている。短いので全文を引用する。

財務相続投を否定-谷垣氏 「安倍氏と考え違う」(01:25)
 【シンガポール16日共同】谷垣禎一財務相は16日深夜(日本時間同)、先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)の夕食会で出席者から「新政権で財務相を続ける可能性はあるか」と質問され「それはない。総裁選に勝つと思われている人と財政の考え方が違う」と述べ、安倍政権が誕生した場合の財務相続投を否定した。
 谷垣氏がシンガポール・チャンギ空港で記者団と懇談し明らかにした。
http://flash24.kyodo.co.jp/?MID=RANDOM&PG=STORY&NGID=poli&NWID=2006091601000815

谷垣は、今朝、17日朝のNHKの討論番組のスタジオで発言していた。上記の取材は、帰国途中のチャンギ空港で受けたことが分かる。と同時に、総裁選挙の最中、3人の候補者の1人が国際会議のために日本を短時間ながら離れていたことが分かる。

ここで言いたいのは、たとえ総裁選挙の最中であれ、自分が3人の候補者の1人であれ、出なければならない国際会議には出る、という当り前の感覚を持った閣僚がいるということだ。

こうした閣僚の頂点に立っているはずの小泉(首相)が、任期の終わる時期に集中的に外国に出かけてきたのに、日本が加わって50年という節目の国連総会を欠席する。何を考えているのか、と思うがどうも確固とした戦略も方針もないようだ。

谷垣の例を見ると、行く気があれば、小泉は国連に行けるのだ。しかし行きたくないのだ。物見遊山の外遊はいいけれど、考えて話をし、ときに交渉や議論が必要な外交はできないとは言わないが、避けているようだ。

次ぎはきちんと外交ができる人がよいのだが・・・。外交ができるということは語学力やルックスや相手に合わせるだけの調子のよさではない。相手に誠実に向き合う姿勢や資質があるかどうかだ。

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2006年9月16日 (土)

「人体の不思議展」の不思議―続き

全く同じタイトルのブログがあった。

「医学都市伝説」というブログだ。そこに、2004年2月6日付けで同名の投稿があった。
http://med-legend.com/mt/archives/2004/02/post_193.html

そこに主にBBCのサイトにより、どのように報じられているかが紹介されていた。そのサイトのうち生きているのは全てBBCのサイトで以下の通りだ。

① http://news.bbc.co.uk/2/hi/programmes/pm/1163839.stm
② http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/2535471.stm
③ http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/3420483.stm
④ http://news.bbc.co.uk/2/hi/health/2497889.stm

以下に簡単に中身を紹介する。

①の記事のタイトルは「現在のフランケンシュタイン博士に会う」で、その記事の写真には「フォン・ハーゲンス教授は解剖学への関心を高めたいと願っている」というキャプションが付けられている。掲載日時:2001年2月10日

②の記事のタイトルは「科学者は掠め取られた死体疑惑を否定」で、その記事の写真のキャプションは「死体はロシアの医学校の提供」となっている。掲載日時:2002年12月2日

③の記事のタイトルは「フォン・ハーゲンス囚人使用を否定」で、写真のキャプションは「フォン・ハーゲンス教授は彼の死体の多くはボランティアによるものと述べる」だ。掲載日時:2004年1月22日

④の記事のタイトルは「解剖を観覧する」で、写真のキャプションは「医者、ジャーナリスト、一般人が見入っている」だ。掲載日時:2002年11月21日

注目されるのは③のキャプションだろう。「死体の多くはボランティア」としている、「多く」であり「全て」ではない。

これ以外に米国での反響を伝えるものが日本がで読める。以下のサイトで、上下の2回連載だ。
http://hotwired.goo.ne.jp/news/culture/story/20040910201.html
http://hotwired.goo.ne.jp/news/culture/story/20040913207.html

勉強途中の報告です。

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2006年9月15日 (金)

「朝日」にがっかり

今「朝日新聞」の夕刊を読んでいる。9月15日。今日の夕刊である。

読んでいる記事は「ニッポン人脈記」の「現代の漂泊」③である。書き出しを読む。

3年前、月刊「文芸春秋」のグラビア「同級生交歓」に、直木賞作家の車谷長吉(61)が登場した。途中省略、車谷が「都落ち」するのは、1975年のこと。3年前に初めて書いた小説が文芸誌「新潮」の新人賞候補作となるが、その後は没が続き、才能ないとあきらめた。

さて、ここでクイズだ。小説が文芸誌の新人賞候補作となったのは何年のこと。

正解は、1972年、らしい。しかしこれだけの数字からすると作家は現在61歳、その3年前という可能性はないのか。車谷という作家のことを知っている人間であれば、それが1972年であるということが分かるかもしれない。

この連載の1回目を読んだ時に思ったことは、主語と述語がはっきりしていなかった、ということだった。今日の第3回目を読んで思ったことは、この文章は時系列がはっきりしていないとうことだ。

もしこれが僕の学生の文章であったら、主語も述語もはっきりしていない。時系列分からない。書き直したということになる。

なぜこの文章が新聞のコラムというか、自分で文字数の調整が全部できる欄の記事になるのだろうか。朝日新聞はよく大学の入試問題使われているということを広告している。しかしこの記事は、このようなクイズしかならず、まともな大学ならこれは入試問題には到底なりえない。おたく的な小説家養成学部であれば、こうした問題を使えるかもしれない。

本当にこの記事には、そして「朝日」にはがっかりした。

この記事を取り上げる気になったのは、がっかりしたこともあるが、もうひとつは音声入力ソフトを使い始めたこともある。面白くない記事を手動で入力するのは不愉快だが、音声で入力できるなら、とりあえずやってみるか、というところだ。

それで、初めのほうに「書き出しを読む」という記述がある。

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2006年9月14日 (木)

野党幹部は高みの見物…

「読売」が民主党、国会対策委員長の発言を紹介している。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060914i313.htm

見出しは「渡部氏が総裁3候補の辛口批評『安倍氏なら民主有利』」で、本文には以下の記述がある。

 安倍官房長官については、「国民の最大の関心事である格差是正に取り組む意欲が全く感じられない」と批判。安倍内閣は国民の支持が得られないと断じ、「次の国会では民主党が非常に有利になり、来年の参院選は民主党が勝つ」と楽観的な見通しを示した。

楽観的な見通し、という指摘は正しいだろう。格差是正は本当に国民の最大の「関心事」なのだろうか。多くの国民はそこに目を向けることを避け、つまり現実を直視することを避け、せつな的になっているから、小泉内閣の支持が高いのではないか。

「小泉内閣の平均支持率は56%、歴代2位 (19:30)」も「読売」の見出しだ。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060914it14.htm

渡部は「麻生外相には『さすがに吉田茂・元首相の孫だと思わせる勇気ある発言もある。ただ、テレビの時代になって政治が変わった』」とも言っている。いつから政治家はメディア評論家となったのだ。

今日、朝神戸に行って、夜帰ってきた。移動中考えたが、渡部の言う「テレビの時代になって政治が変わった」のは確かだと思う。それを小泉内閣が理解してうまく利用したのか、あるいは権力を利用して効果的に使ったのかは分からない。

古くから権力者はあらゆる機会を利用する術に長けている。それゆえ権力を握り、長期間支配権を維持するのだろう。

民主党は国会対策委員長の路線で、あらゆる機会を、メディアも含めて総動員するのか、とはいえ、その能力はあるのか?それとも、郵政選挙で敗北した時の党首のような愚直さで、地道に努力を続けるのか、今岐路にあるのだろう。

僕は来年の参議院選挙、民主党あるいは野党の勝利とは限らないし、上記のような中途半端な現状分析しかできないようでは、むしろ敗北するのではないかと見ている。それともこれは、渡部のキャラクターを利用した陽動作戦なのだろうか?

僕にできるのは、選挙の当日、目当ての候補者に、政党に、一票投じることだけだ。

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2006年9月13日 (水)

外交ではなく単なる外遊だった?

小泉(首相)が今年になってあちこち旅をしたのは、外交のためかと思ったけれど、どうも違ったようだ。買いかぶっていた。

以下は「読売」の記事の概略だ。

総裁選で首相も外相も欠席、国連演説は大島大使が代役
 ニューヨークで19日から始まる第61回国連総会の一般討論演説について、日本政府は、大島賢三・国連大使が演説を行う方針を固めた。
 自民党総裁選が20日に投開票され、26日にも新政権が発足するため、退陣直前となる小泉首相と、総裁選候補者の麻生外相は国連総会を欠席する見通しだ。現職の首相、外相が一般討論演説を欠席したのは過去に3例しかない。
 日本の演説は毎年、首相か外相が行うのが慣例で、例外は日中国交正常化交渉が大詰めを迎えた1972年、昭和天皇のご病状悪化から出席を見送った88年、同時テロの影響で臨時国会の補正予算審議と国連総会が重なった2001年の3例のみ。今年は日本の国連加盟50周年にもあたる。
(2006年9月13日14時31分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060913i107.htm

過去3回の欠席の理由は分かる。日中国交正常化という外交案件、天皇の病気悪化、それに9.11直後の補正予算審議だ。どれも必然性を感じる。自分の、与党の都合ではなく、外的な要因だ。

今度は政権与党の都合だ。一時は首班指名を9月22日に考えていて、野党の反対で先延ばしした。

国連の日程はずっと以前から分かっていたことだ。それを考慮に入れずに、自民党の予定を優先する。自民党というのはきわめて内向きになってきたと思っていたが、ここまで来ているとは思わなかった。

今年は国連加盟50周年、そうした節目の年の総会を欠席するとは、国連軽視もはなはだしい。どうも安保理入りというのもお題目で、真剣ではなかったようだ。

しかしこうした記事を書く「読売」の姿勢は、背筋がぴんと伸びており、好感が持てる。

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2006年9月12日 (火)

「人体の不思議展」の不思議

この問題で人骨(ほね)の会は、「人体は商品なのか?~『人体の不思議展』から見えてくるもの~」と銘打った研究会を開催する。

日時は来週土曜日、9月23日、場所は高田馬場の新宿消費生活センターだ。詳細は人骨(ほね)の会のページを見ていただきたい。
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/9073/

2002年に大阪で開催され、その後東京でも2003年に開催されている。

今年7および8月、仙台で開催されていた。日本医学会が後援団体に名を連ねていたが、仙台市民の展示についての疑問の声におされて、仙台での開催期間中に後援団体から降りたようだ。

人体の不思議展の事務局のホームページを見ると、今後秋から冬にかけて、埼玉および神戸での開催が予定されているようだ。
http://www.jintai.co.jp/yotei.html

この展示の問題点については、中国政府と対立している宗教組織が自分たちの信者が殺され、標本にされていると訴えている。どういうことかというと、展示されている標本を製作しているのは中国、大連の工場?なのだ。その抗議行動を通じてこの展示を知った人も多いだろう。

私どもの人骨(ほね)の会の会員の一人は、東京で開催された2003年頃から、いったいこの展示の意味はなんなのだ?人を冒涜しているのではないか、と考えこつこつと資料を集めてきた。そうした実績を踏まえて、今回研究会を開催できることを嬉しく思っている。

その問題意識は、今回の研究会のタイトルにあるように、人体を商品とする、臓器移植にもそうした危うさを感じるが、ことをしっかり考えようというのものだ。

これから約10日間、勉強しよう。

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2006年9月11日 (月)

もっと簡単にいった

パワーポイントをJPGには、直接変換できた。

その結果が以下の通りだ。

1



左の通りだ。これで実用になるか?

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2006年9月10日 (日)

予告編

今日は暑かった。何度か分からないが、暑く感じた。

2_1

この暑い中を、人骨(ほね)の会の例会に出席するため、新宿まで出かけた。

そこで引き受けたのが、7月22日の人骨(ほね)の会の集まりで行なった講演、「731部隊―実像と虚像―」のテープを起こしたものに手を入れ、会誌に掲載することだ。今後このブログにその原稿が一段落する毎に掲載しようと思っている。それで予告編だ。

当日はパワーポイントを使ったが、パワーポイントのスライドがうまくブログに入れられるかしら若干心配だ。

とりあえず、一枚目のスライドを挿入してみよう。

パワーポイントのスライドをワードに変換し、次いでそれをPDFに変換し、さらにJPGにしたらこうなった。実用にならない。

もう少し涼しくなったら工夫を考えよう。

以下が工夫だ。これはパワーポイント→PDF→JPGで作成したものだ。

731__01_2  それより、上のでも下のでも、クリックすれば大きく比較的鮮明な画像がでることが分かった。グーグルのブログで経験して感動したが、ココログでもできたとは、知らなかったなー。

 

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2006年9月 9日 (土)

歴史家の仕事

7日、安倍(官房長官)の「戦争の歴史的な評価は歴史家に任せるべきだ」発言を取り上げた。

その時のタイトルは「歴史家の仕事・政治家の仕事」だったが、議論は政治家による資料公開の努力を求め、政治家の仕事に重点があった。改めて、歴史家の仕事を考える。

僕が彼の発言に違和感を持ったのは、思考や判断を放棄しているかもしれないことではなく、むしろそうした「評価」が歴史家の仕事なのか、という方が大きかった。

歴史研究者が行うのは、そうした評価のための材料を提供することではないのか、という思いがある。そのため僕は何か文章を書くたとき、終り方で苦労する。つまり結論というのがないのだ。1945年8月13日、どこそこではこういうことがありました、その遠因はこれこれです。というしまらない終り方をする。

これは僕自身が、誰もが歴史的事象については、一人ひとり固有の評価を持っていると考えているため、僕の評価を押し付けたくない、ということがある。

歴史研究者に歴史的事象についての評価を求めるというのは、歴史家に歴史の審判を委ねることになる。歴史研究者は歴史的事象の正邪を判定する人間ではない、一人ひとりが評価をする際に役立つかも知れない材料、事実の提供だ。

歴史の研究者に「評価」を任せる社会があるとすれば、前回書いたことで言うと、社会的に常に一致が演出されている社会だろう。つまり思想の自由のない国においてはそうした現象が見られるということだ。

防衛大校長、首相のメルマガで小泉外交を批判
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060907ia23.htm

上は「読売」のサイトの見出しだが、こうしたことが可能な日本では歴史家に評価を任せることはありえないだろう。

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2006年9月 8日 (金)

無料のメールと無料のブログ

最近、グーグルの無料メールと無料ブログを試している。

メールボックスの容量は2.7ギガ以上で、これも万が一オーバーするようなことになれば、自動的に容量アップが行われるという。その結果、大きなファイルが添付されたメールをいちいち削除する必要がなくなる。いつもの習慣で、3メガのファイルが添付されたメールを削除したら、容量は十分あるから削除しなくても大丈夫、というメッセージが出た。

何か、メッセージを削除するのを非常に残念がっているような感じがした。

確かに、来たメールを全部保管しておけば何かと便利だ。グーグルのメールにはそうしたことのためのメールの仕分け道具がいろいろ用意されている。

もうひとつ、グーグルが提供しているブログも、先月末から試している。いろいろな機能があり、楽しいのは投稿した写真をクリックすると画面一杯に広がることだ。これは写真もグーグルのコンピュータに入っているからできることなのだろう。

メッセージの削除を残念がるメールと、写真が画面一杯に広がるブログから考えた。

このまま、1年間、2年間、と使い続けるとどうなるか。このニフティのブログも11月で1年になる。

何年も、グーグルで検索し、グーグルの無料メールを使い、グーグルの無料ブログを使い続けると、僕の個人情報、趣味やら、考え方やら、経済状況なども、全部グーグルに握られてしまうのか?

さて、どうしたものか。

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2006年9月 7日 (木)

歴史家の仕事・政治家の仕事

当り前のことを言っているようで、何も言っていない例を見つけた。

以下は「共同通信」の昼頃の速報だ。

多くの国々に被害与えたと安倍氏 自身の歴史認識で
【12:03】 安倍晋三官房長官は7日午前の記者会見で、自身の歴史認識について「多くの国々の国民に被害を与え、傷あとを残したことに対する率直な反省の中で、平和で民主的な国をつくってきた」とした上で、「戦争の歴史的な評価は歴史家に任せるべきだ」と述べた。
http://flash24.kyodo.co.jp/?MID=RANDOM&PG=FLASH

安倍はどの程度歴史に関心があるのだろう。歴史家による「戦争の歴史的な評価」として具体例はどんなものがあるのだろう。そうした評価について歴史家が一致している例はあるだろうか?

全くないわけではない、お隣中国や北朝鮮では歴史家の歴史についての評価は戦争以外でも、ほぼ一致している。少なくとも外見的には一致している。そうしないと個々の歴史家の社会的生存が脅かされるからだ。

僕も歴史をやっている。そしてこうしたことをブログに自由に書いている。これが我が日本国のよいところだと思っている。僕とは考えの違う歴史研究者はいっぱいいる。僕は僕と考えやものの見方の違う歴史家と話をするのが好きだ。多くの場合、自分自身の考えを深めたり、広めたりする結果となる。

こうした「論争」が歴史的認識を深める。こうした「争い」のない国では歴史の研究は発展しない。

1945年までの戦争の歴史的な評価を歴史家に、というのはどのような見通しの下で発言しているのだろう。そのためにどんな資料・史料を日本国政府は提供するのだろう。僕の場合、今世紀に入ってからは日本国内でも、特に民間人提供による、資料の収集は進んでいるが、それでも米国の公文書館や議会図書館に依拠している部分が多い。

こうした現状を放置したまま、評価を歴史家に任せるというのは、官房長官としてあまりにも無責任だ。それとも初めに書いたように、彼は歴史に疎くこうした点に思い至らないのだろうか。それで歴史家に任せると言うのであれば、逃げ口上に過ぎず、無責任を通りこし、政治家として責任ある発言ができない人ということになるのではないか。

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2006年9月 6日 (水)

古い原稿が公開された

昨年夏に日本語で書いた原稿が、今月、英文で公開された。

以下のJapan Focusというサイトで読むことができる。
http://japanfocus.org/products/details/2209

James Orrの翻訳もしっかりしているし、William Underwoodの序文も素晴らしい。

この原稿は元々、共同通信のために昨年夏書いたものだった。その原文を以下に載せる。

識者評論「731部隊に新事実」

情報操作が生んだ深い闇 
 つかめぬ全体像  神奈川大教授 常石敬一 

 そのときの衝撃は、細菌戦部隊である旧関東軍防疫給水部(七三一部隊)が戦後、米側に提出した三通の英文解剖記録「A(炭疽(たんそ))報告」「G(鼻疽(びそ))報告」「Q(ペスト)報告」の存在を、十数年前に初めて知ったとき以上だった。
 これらの記録が米軍によって金で買い取られていた事実が、連合国軍総司令部(GHQ)参謀二部(G2)の公文書から判明したときのことだ。
 七三一部隊が行った人体実験の調査を進め、三通の報告を部隊関係者に準備させたのは米軍の生物戦専門家フェル博士だが、それを背後で指揮していたのは軍の情報担当機関であるG2だった。
 米側の調査がそうした構造で行われたことに驚きはなかったが、調査の実態には驚愕(きょうがく)した。米陸軍省の秘密資金を七三一部隊の医学者たちに手渡すことで、情報入手が行われていたためだ。
 これは、戦勝者が敗戦者に対して本来行うことだろうか。少なくとも到底公表できない話だったことは疑いない。終戦処理における情報収集とは、勝者としての優位な立場を利用した説得工作、半ば脅しによって行われると考えるのが通例だ。
 調査の途中で、秘密資金の使用が米本国から制限されそうになり、G2とフェル博士の立場に微妙な差異が生じたと考えられる。G2は博士の調査結果を誇示しようと、陸軍省の高官にアピールできる成果を求めた。
 そのために準備されたのが、冒頭の三通の解剖記録だ。まだ実物は発見されていないが、人体実験に関する「十九人の医者によるリポート」が存在することも、米公文書から分かっている。いずれも人体実験についての詳細な報告が含まれ、衝撃的な内容だ。
 だが、これらの記録作成を進めた当のフェル博士は「(記録は)断片的である。統計的に有意なほど十分な数の被験者が得られなかったためだ」と指摘しており、調査結果を限定的にしか評価していない。一方、G2はフェル博士の調査成果を最大限に評価し、秘密資金を制限しようとする動きに激しく抵抗する。
 ここにあるのは、一種の情報操作だろう。
 入手した人体実験に関するデータをめぐっては、軍事情報担当者であるG2と、生物戦専門家であるフェル博士の間には、一致しない、対立する評価が存在した。
 しかし歴史的に定着したのは、G2が当時強調した「高い評価」だ。これは、秘密資金確保のために政治的に動いたG2の米本国に対する情報操作が、専門家である博士の冷静な分析を凌駕(りょうが )した結果と言えないか。
 そして、こうした経緯こそが、いまも全体像がつかめない七三一部隊に関する「深い闇」を生んだのかもしれない。また、日米関係の不透明さをも反映しており、「二重の闇」を深く感じざるを得ない。
 情報操作の一端が、A、G、Q各報告書の扱いにも見て取れる。報告書は現在、米議会図書館に保存されているが、その表題は「第二次世界大戦中の日本の医学実験」となっている。
 筆者が手にとった現物は一枚一枚が透明なプラスチックのホルダーに収められ、破損が進まない措置が取られているが、「医学実験」との表題は人体実験を強く示唆している。一部米専門家はこれまで、この解剖記録を、七三一部隊による人体実験の「動かしがたい証拠」と紹介してきた。
 しかし、真相は少し違う。
 AとGは部隊でのヒトへの炭疽菌ないしは鼻疽菌の感染実験で、人体実験であることは疑いない。一方、Qは一九四〇年の中国東北部でのペスト流行の調査記録だ。
 Qは人体解剖された感染者がイニシャルで記されており、年齢も性別も明記されているのに対し、AとGには名前もイニシャルもなく、年齢も時に「若い男」としか記されておらず、性別の記入すらない場合もある。
 Qが感染者を人間扱いしているのに対し、A、Gは感染者を「モルモット」としてしかみていない。フェル博士の調査に「高い評価」を与えたG2の情報操作が、Q報告についても人体実験であるとの先入観を植え付けた可能性がある。
 七三一部隊を長年研究してきた者としては、情報操作といった手垢(あか)をふき取った後に残る、医学的な実像を精査し、その全貌(ぜんぼう)に迫る必要がある。終戦から六十年後の今になって、新たな仕事を背負った思いだ。
   ×   ×   
 つねいし・けいいち 1943年東京生まれ。東京都立大卒。長崎大教授を経て現職。著書に「七三一部隊」「医学者たちの組織犯罪」など。

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2006年9月 5日 (火)

日本のプルトニウム―――反核の意志が問われる

日本が保有するプルトニウムの量が増えているという。

以下は「毎日」と「日経」の見出しだ。

プルトニウム:日本保有量が史上最多 原爆4410発分に
毎日新聞 2006年9月5日 11時18分 (最終更新時間 9月5日 11時49分)
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20060905k0000e040036000c.html

日本のプルトニウム保有量1トン増加・05年末で43.8トン
(20:00)
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20060905AT1G0502A05092006.html

サイトへの登場は「毎日」が午前中で、「日経」は夜だ。今チェックしたら「朝日」も報じている。以下が見出しだ。

国内外に保管のプルトニウム、昨年比1トン増
2006年09月05日20時27分
http://www.asahi.com/national/update/0905/TKY200609050331.html

「朝日」の記事は最後に「政府は、こうしたプルトニウムを原発燃料として再利用するプルサーマル計画を進めているが、導入は大幅に遅れ、保有量は年々増している」と書いている。

他方「毎日」は「さらに今年中には稼働したばかりの使用済み核燃料再処理工場(青森県六ケ所村)からもプルトニウムが生産される予定で、プルトニウムの保有量は当面、増え続ける状況にある」と指摘している。

こう見ると、本年以降は年に1トン以上、原爆(厳密にはその大きさにもよる)10発以上分のプルトニウムが生産されるということになる。

「毎日」の記事は、核拡散を招くようなプルトニウムを貯め込んでどうするの、イランの核開発にあれこれ口出しできるの?というニュアンスだろう。

「日経」は中立的に、プルトニウムが貯まりますねー、という感じだ。そして「朝日」は如何にも、プルサーマル計画を推進しよう、といっている気がする。本当にそう読むべきなのだろうか?

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2006年9月 4日 (月)

続報が待たれる記事

捕らぬ狸の皮算用で終わればよいけれど。

中国で蛍光灯を大量に使用して大丈夫なのだろうか。水銀の回収は大丈夫なのだろうか?続報が待たれる。

「朝日」に次の記事を見つけた。概略を引用する。

中国に広がれ蛍光灯 電機工業会、白熱灯と半額で交換
2006年09月03日14時24分
 電機メーカー約180社が加盟する日本電機工業会は来年にも、中国の家庭で一般的に使われている白熱灯の電球を、省エネタイプの電球型蛍光灯に交換する事業に乗り出す。節電効果で二酸化炭素(CO2)排出量が減る。その分の「排出権」を政府や投資家に売り、それを元手に電球型蛍光灯を半額に値引くという仕組みだ。メーカーにも消費者にも利点があるため普及が進みやすく、温暖化防止にも貢献できるとの目算だ。
 電機工業会と中国の国家発展改革委員会エネルギー研究所はまず、河北省石家荘市(人口約920万人、約300万世帯)で電球交換プロジェクトを実施。電球型蛍光灯を買った消費者が、交換した白熱灯を河北省の省エネ推進機関「DSMセンター」に持ち込むと、購入費の半額が返金される。3900世帯を対象に実験したところ、2週間余りで約3000個の電球が交換できた。
 同市では、年60万個の交換を想定。年約8万5300トンのCO2削減につながり、この分の排出権が販売され、販売額は1億3600万円と見込んでいる。
 電機工業会によると、中国では白熱灯が多く使われ、電力消費量の約3割を照明用が占めるという。電球型蛍光灯に替えれば大幅な省エネになるが、価格が約10倍と高く、普及しないでいた。
http://www.asahi.com/business/update/0903/001.html

「2週間余りで約3000個の電球が交換できた」ということは、3千個の蛍光灯が配られたということだ。いづれ蛍光灯は光がでなくなる。その時の回収はどう考えているのだろうか?

中国を列車で移動していると、旅客が窓からよく物を投げている情景を見る。そういう情景に親しんだ人間として、中国で無価物の回収は相当に困難だろうと考えている。

システムとしては、事前に販売価格に処理費用も上乗せしておいて、光らなくなった蛍光灯が持ち込まれた時に、そのデポジット分を返金する、としておかないと水銀汚染が広がることになるだろう。

現在日本で蛍光灯などの水銀は回収されているが、その費用は回収された水銀の価値を上回っており、環境を守るために、税金が投入されている。

こうした点を抑えておかないと、CO2の削減も水銀汚染で帳消し、あるいは負の遺産を抱え込むことになりかねない。

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2006年9月 3日 (日)

「産経」も旧日本軍の毒ガス配備を認めている

遺棄化学兵器の処理問題を「産経」が取り上げている。

概略は以下の通りだ。

中国遺棄化学兵器問題 新資料発見か、政府が調査
≪結果次第では事業見直しも≫
 中国遺棄化学兵器問題で、「日本軍が中国に化学兵器を遺棄した」という中国側の主張を覆す可能性のある資料が見つかっています。
 最近になって中国側の主張を覆す可能性があるさまざまな資料が見つかりました。山形県のシベリア史料館には、中国で日本軍が武装解除の際に引き渡した武器・弾薬を詳細に記した「兵器引継書」が約600冊も残っていました。受け取った中国軍の責任者の署名・捺印(なついん)があり、化学兵器だけを除外した形跡も見られません。
 安倍晋三官房長官は5月、衆院内閣委員会での答弁で「(シベリア史料館で見つかった資料などについて)政府としてしっかり調査したい」と述べました。政府は、新しい事実を示す資料などが見つかった場合、事業の「基本的な枠組みが変わってくる」としており、対応が注目されます。
(09/03 12:15)
http://www.sankei.co.jp/news/060903/sha043.htm

この記事のポイントは、旧日本軍が外国に化学兵器を持ち込み、敗戦時まで保持していた事実については認めていることだ。

2番目のポイントは、記事の「化学兵器だけを除外した形跡も見られません」という記述から、山形県のシベリア史料館の600冊にものぼる「兵器引継書」に化学兵器についての記述がないらしい、ということだ。

このブログで、2006年5月25日と28日に、シベリア史料館の「毒ガス」関係資料とされるものについて、それは化学兵器の引き渡しを示す文書ではなく、通常の兵器の引き渡しを意味している、ということを指摘した。

今回「産経」が「新資料発見か」としている中の中心がそのシベリア史料館の資料だ。それ以外の資料としては、防衛庁の防衛研修所にアカ筒とミドリ筒を台湾で中国軍へ引渡した書類があったこと、中国本土で「化学兵器(毒ガス兵器)をソ連軍に引き渡したという元日本軍兵士の証言」をあげている。証言は重要だが、外交的場面では証言だけでは説得力を持たない。ましてや、化学兵器(毒ガス兵器)というのでは具体性を欠いている。

この記事を読んでいて気になったのは、何となく「赤旗」のですます調に似ていることだった。似たもの同士なのかしら。

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2006年9月 2日 (土)

秘密情報を入手する方法

公開情報の分析が秘密情報入手の早道らしい。

そんな当り前のことを思い出したのは、カニのニュースを見たからだ。以下がその一部だ(「朝日」)。

密漁横行? ロシアからの輸入カニ、漁獲許容量オーバー
2006年09月02日15時48分
 ロシアから日本国内に輸入されているカニが、日ロの貿易統計などの資料を比較すると、ロシア政府が定める漁獲許容量をオーバーしていることがわかった。専門家は、北方領土海域でロシア側の密漁が横行していることを裏付ける証拠といい、「ロシア側が漁獲許容量を超えて取れば、資源は枯渇する」と指摘する。
 北海道大学スラブ研究センターの荒井信雄教授が、ロシアの漁獲統計や日本の税関統計資料などを比較・分析した。
 オホーツク海やカムチャツカ半島におけるロシアのタラバガニなどのカニ類の03年の漁獲許容量は約5万1800トンだが、同年にロシアから輸入されたカニは、税関の輸入統計では約7万4000トン。許容量を2万2200トンも超えるカニが日本に輸入されたことになる。
 一方で、国内のカニの輸入は04年7万6700トン、05年は約7万5000トンで、7万トン台で推移する。この差は密漁を裏付ける数字となっている。
http://www.asahi.com/national/update/0902/TKY200609020206.html

この記事だけだと、ロシアの漁師が北方海域で漁獲許容量と比べ2万トン以上余分にカニを獲っているかどうかは明確ではない。別の海域で獲っている可能性もないわけではない。多分荒井さんはそうした可能性も検討した上で、漁獲許容量を超えてカニを獲っている、と結論したのだろう。

この分析の大元の資料は、日本の税関統計資料であり、信頼できる公開情報だ。それによると、まだロシアが漁獲量を公表していた03年、ロシアの漁獲量統計だとカニの許可量は5万1800トンだったが、日本の税関統計だと、7万4千トンがロシアから輸入されていた。つまりこの差、2万トン以上が密漁によるもの、ということになる。

先日、北方海域でカニ漁をしていた日本の漁船がロシアに銃撃され、一人が殺された際、誰かがカニの値段が安すぎる、カニの食べ放題、などということは食を冒涜している、という意味の発言をしていた。そうなんだと思う。何時頃から、こうした悪い習慣が広まったのだろう。

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2006年9月 1日 (金)

9月の始まりは雨

しとしと、時にざあざあと雨が降っている。秋が始まるのかな。

秋というと、気分は黄昏。そんな日に内閣官房長官は、自民党総裁選挙への立候補を表明するらしい。今日は、先負、だから表明は午後やるのだろうか?

昨日書いた東京オリンピックの頃の思い出話をひとつ。

当時の東京はあちこちで道路工事をしていた。今と違って、掘削した場所を鉄板ではなく材木で覆っていた。それで漫才などに、「ここはどこだ、何で道路に材木を敷き詰めているのだ」、「ここは材木町だ」、「なるほど」などという題材を提供した。

夏も去り、秋。新たな気分で自分の仕事に取り組もう。

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