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2006年5月30日 (火)

歳をとった

先週の土曜日、5月27日、科学史学会で研究発表をした。

新しいことを始めた。戦前の、1930年代から1950年くらいにかけての「ものづくり」について研究を始めた。この研究を開始した動機は、今年に入ってから関連の、僕にとって興味深い資料を米国の議会図書館で見つけたことにある。

これまで関心はあっても、きちんと系統だって文献を集め、読み込んでいたわけではない。そのため学会で研究発表をし、いろいろな人に意見を言ってもらい、今後の研究に生かそうと思っていたわけだ。

今から10年も前だと、先輩研究者たちがいろいろ批判や意見を述べてくれたはずだ。しかし、もう僕は学会で年長となり、期待した批判や意見はいただけなかった。これは一面では僕の発表内容が、研究がスタートしたばかりで、一般論に過ぎなかったせいもあるだろう。

しかし戦前から戦後にかけての「ものづくり」の歴史・実態の研究は、研究というのは当然そういうものなのだが、自分の責任と努力でやるしかない、と覚悟を決めたことが収穫か…。

でも、冒頭にも書いたように、僕も歳をとったのだと実感したのは、会場の大学の学生食堂で食事をしたが、その量の多さだった。変なところで変な感慨に襲われる。

これも老化か…。

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2006年5月29日 (月)

広告とは何だろう

ある企業が広告の特別賞を受賞したその日に、その会社の社長の長男が刑事事件で有罪判決を受けた。

以下は、5月29日、午後10時過ぎの「朝日」のサイトの記事の一覧の一部だ。順番に手を加えていないことを示すために、その前後の個人情報紛失と中部空港の記事も入れておいた。http://www.asahi.com/national/list.html

# オンラインゲームの個人情報6万5千人分紛失(05/29)
# 本社「ジャーナリスト宣言。」が広告電通賞の年間特別賞(05/29)
# 本社社長の長男に実刑 大麻事件で判決(05/29)
# 中部空港滑走路に金属片 使用10分間見合わせ(05/29)

このような「隠し立て」をしない姿勢を潔い、ジャーナリストらしい態度というのだろうか?

「朝日」の問題、特に長野県知事との架空インタビューの件や、社長の息子の件は、3月28日に書いてそれきりになっている。また今月25日には「朝日」の毒ガス報道が虚報であることも書いた。

電通が、広告の特別賞を「朝日」に出したのは、その実態をうまく隠蔽したイメージ戦略を評価したためだろうか。だとしたら広告とはなんだ?ということになるが、電通は電通としての広告についての哲学があるのだろう。

だが、多くの人がテレビを見ていて、「広告」の時間にトイレに行ったり、ちょっとした用事を済ましているのが実態だ。また広告だらけの新聞に、手抜き、あるいは儲け主義と反発する人も多い。つまり広告は信頼され、頼りにはされていない。

新聞に広告電通賞の年間特別賞を贈ることで、そうした信頼されていない状況を改善できるかもしれないと考えたのだろうか?

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2006年5月28日 (日)

毒ガス報道(続き)

先日、25日、「誤報」と書いた件に関連して、雑誌社から電話がかかってきた。

記者はこのブログを読んで電話をしてきたのではない。『正論』のスクープとしている記事を追っかけたい、ということだった。僕は25日に書いた内容を伝え、あの記事は誤報だと思っていることを伝えた。

で再度、アジア歴史資料センターの文書を調べた。以下の資料があった。

陸軍秘密書類送付の件 (目録) 5画像(昭和14年 「陸支受大日記 第2号 1/3」)
レファレンスコード:C04120708700

資料センターの目録の最後の部分を、一切手を加えずに紹介する。

目録 一、九一式十糎榴弾砲射表(九一式尖鋭弾、十四年式榴弾、十四年式@性銑榴弾) 一、(九五式榴霰弾) 一、(九二式尖鋭きい弾

これでは分かりにくいので、目録ではなく、原資料が記述している砲弾を整理して書く。

① 九一式十糎榴弾砲射表(九一式尖鋭弾、十四年式榴弾、十四年式鋼性銑榴弾)
② 同(九五式榴霰弾)
③ 同(九二式尖鋭きい弾)
④ 同(九七式改造尖鋭弾)
⑤ 同(九五式代用弾甲)

似通った名前がある。九一式尖鋭弾と九二式尖鋭きい弾である。このうち毒ガス弾は後者である。前者は通常弾だ。

九五式榴霰弾は通常弾で、九五式代用弾甲は演習用の弾である。

ここで僕が指摘しているのは、この時代から毒ガス弾は中身によってきい弾とか、あか弾と表記していた、ということだ。

『正論』の記事の筆者は「代用」とか「甲」の記述が化学弾を意味しているとしているようだが、上記のように、化学弾では「きい弾」と表記されている。その同じ文書中に「代用弾甲」が入っている。これでも「代用」とか「甲」が化学弾を示すと主張されるのだろうか。

同じような文書に以下のものもある。こちらはもっと分量が多く、例示するにはこちらのほうが良いのだが、引用するのが大変だから上の短いものにした。

射票送付の件 (昭和15年 「陸支密大日記 第18号1/4」)
レファレンスコード:C04121951500

関心のある方はアジア歴史資料センターのサイトで確認してください。
http://www.jacar.go.jp/index.html

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2006年5月27日 (土)

地球温暖化考

僕の学校でもチーム・マイナス6%(http://www.team-6.jp/)というキャンペーンに参加している。

これは国策のようだ。

こうしたキャンペーンに取り組むのは、学生にとって興味のあることのようだ。このような努力が、温暖化云々は別にして、地球環境の劣化のスピードを落とす、エネルギーの無駄遣いを抑える…といったメリットは否定しない。

僕がすっきりしないのは、地球温暖化、を錦の御旗というか、人質というか、問答無用の印籠のように大上段に振りかざし、説明責任を果たさないまま、チーム・マイナス6%というキャンペーン、あるいは地球温暖化のキャンペーンが進行しているような気がしているためだ。

僕はひねくれ者だから、人は誰しも安全地帯で、「自分は異常な状況下に置かれている」と考えたがるもので、それで「地球温暖化」という将来の、もしかしたら自分が死んだ後に起るかもしれない異変の可能性を楽しんでいる、ということはないのだろうか、と考えたりしている。

昨日、26日、九州地方が梅雨に入ったそうだ。関東ももしかしたら今日かもしれないな…。明日からっと晴れれば、入梅は先になるのだろう。

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2006年5月25日 (木)

毒ガス報道―――誤報と虚報

この一週間で2つの毒ガス報道があった。5月19日と24日だ。

今月、5月、ということでは、さらにもう一本、雑誌論文があった。

雑誌論文は『正論』6月号の「スクープ!遺棄化学兵器は中国へ引き渡されていた!」だが、これは誤報だ。19日の報道は「朝日新聞」で「毒ガス演習、計画書発見」で、これは誤報ではないが内容空疎という意味で「虚報」だ。
http://www.asahi.com/national/update/0519/TKY200605180407.html

もう一本は共同通信の報道で「日米独の毒ガスを海洋投棄 米軍が戦中戦後」で、これは米軍の行動を伝えたものであるとともに、日本近海にも毒ガスが投棄され、現在も東南海地震の震源地域にそのまま残されていることを伝えている。
http://www.excite.co.jp/News/world/20060524172648/Kyodo_20060524a310010s20060524172651.html

この基になっている米軍のレポートは以下で読むことができる。
http://www.dailypress.com/media/acrobat/2005-10/20152941.pdf

『正論』の論文のもとになっている、武装解除の際に中国(国民政府)側に引き渡された兵器のリストを見た。論文の筆者はそのうち代用弾、あるいは榴弾甲、などと記されているものがガス弾だとしているようだ。しかし以下の資料を見ると分かるが、戦時中、ガス弾は公文書中できい弾とか、あか筒といった、現在知られている「隠語」で呼ばれていた。それが隠語の隠語たるゆえんだ。

1 昭和17年 「陸支密大日記 第48号 2/2」6
レファレンスコード:C04123859300(アジア歴史資料センター)

当時の日本の公文書中でガス弾を「あか」とか「きい」と呼んでいたのに、武装解除に当り、別の呼称を使う意味はないと判断できる。その意味で、代用弾や甲弾などをガス弾とした『正論』の論文は誤報だと考えている。

この論文の筆者はいくつかの通信社にこの「とくだね」を持ち込んだようだ。持ち込まれた外国の通信社から配信して良いものかどうか相談された。その時に上記のような説明をして、止めた方が良い、と答えた。

「朝日」の記事は何が言いたいのだろう。戦時下、化学兵器演習をするのは常識的なことだと思うのだが…。1995年だったと思うが、台北の資料館で調査をしていた時、国民党軍の化学兵器演習の写真を見たことがある。

「朝日」はニュースとして伝えることがなくなってきたのかな。「朝日」は「ジャーナリスト宣言」などというキャッチコピーを掲げているが、そのジャーナリストとはどんな報道者を意味しているのだろう。

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2006年5月24日 (水)

面従腹背の続き

今日、24日、から教育基本法改定の審議が衆議院で始まった。

5月16日に「面従腹背」を書いたが今日はその続編だ。

小泉首相は小学生と「愛国心」について次のように説明したという。

小泉首相は、「教育の目標」に掲げられた「我が国と郷土を愛する態度」に関する児童生徒の評価について「小学生に愛国心があるかどうか評価する必要はない」と述べ、小学校教育で児童に愛国心の評価を求めない考えを示した。
http://www.asahi.com/politics/update/0524/007.html

ここは、小さなことだが、「評価する必要」があるかどうかではなく、「評価できるかどうか」ではないかと思うが、評価の対象とはしない、と断言したことは重要だ。

むしろ問題は報道で「愛国心」が先行して、「我が国と郷土を愛する態度」といささか長めの文言が後ろに行ってしまっていることだろう。

ここは徹底的に「愛国心」という言葉を無視し、与党の言葉「我が国と郷土を愛する態度」を利用尽くす、ということはどうだろう。

この長めの文言は、外国人児童・生徒にとっても、彼らの国(祖国)、彼らが育つ地域(今住んでいるところ)を大切にする、ということであれば、そう問題がないように思える。

本当の問題は、自分の国や郷土を、敢えて「愛」そうと呼びかけなければいけない、という状況にあるらしいことだろう。

1970年代に社会主義圏の国々で体験したことだが、政府が「愛国」を言えば言うほど、人々の心は「国」から離れ、米ドルの入手や国外脱出を考えていた。

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2006年5月23日 (火)

異常気象?

このところはっきりしない天気が続く。

今日、5月23日、研究打ち合わせのため都内の大学に出かけたが、昼頃から雨がちらついていた。太陽を見ることはなかった。まるで梅雨だ。

今沖縄は例年通り梅雨だ。この時期、沖縄地方に偏在するはずの前線が関東まで延びているような気がする。今流行の「地球温暖化」の考え方からすると、日本列島の温暖化によって、通常は途中で切れているはずの前線が北まで伸びている、という「解説」も可能かもしれない。

しかし今日、地球環境の講義で、地球温暖化議論、二酸化炭素などの増加で温暖化が進行する、というのは本当なのかね、という話をした。

何人かの学生は、そこから「疑って」みよう、という姿勢を示してくれた。

私のような年寄りは、温暖化が「暖かい冬」をもたらすなら大歓迎だ。少なくとも21世紀の半ばまで生きていることはありえないのだから。今が楽なら…という考え方もあるのだ。しかし君たちは今世紀の後半まで生きるのだから、温暖化のような議論を自分なりに理解し、どういう態度を取るか決める必要があるのではないの、と説いたのだが…。

温暖化議論は自分のことか、他人事か…。

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2006年5月21日 (日)

731部隊が発足して70年

夕方、知人と話をしていて、気付いた。

731部隊(旧日本軍の生物兵器開発のための部隊)が正式発足したのは、1936年夏だった。

そのことを示す公文書は現在、アジア歴史資料センターで公開されている(http://www.jacar.go.jp/index.html)。公開の文書コードは C01003179100 である。

上記のコードを入力すると、      
1.  在満兵備充実に対する意見の件  (目録)  168画像
       (昭和11年「陸満密大日記 第10号」)
が出てくる。

この文書に、731部隊が1936年に「関東軍防疫部」として「細菌戦準備」のために設立されたことが書いてある。

僕がこの部隊について最初に本、『消えた細菌戦部隊』を出したのが1981年、その基となる原稿を当時あった「科学朝日」に2回に分けて書いたのが1980年秋だった。それから25年ほど、四半世紀がたった。

部隊創設から70年のうち、25年以上を部隊に付き合ってきたことになる。最初の本を出した時、こんなに長い付き合いになるとは思わなかった。

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2006年5月20日 (土)

分からないことが増えるのは楽しいな

パワーポイントはOK。

気になっているファイルを変えたらうまく動き出した。

しかし原因は分からない。

今後の楽しみが増えた。分からないことが増えるのは楽しい。

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2006年5月18日 (木)

パワーポイント

今日はパワーポイントのスライド作りをした。

学校で作ったファイルを家で編集しようとしたのだが、パワーポイントを使うと、パソコンがフリーズしてしまう。読み取りは可能なのだが、編集を保存しようとすると、止まってしまう。

明日学校で、誰かに聞いてみよう。

困った。

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2006年5月16日 (火)

面従腹背を小学校から教えるの?

面従腹背。難しい言葉だ。

この言葉を覚える前に実践させようというのか?

今日、5月16日の午後から「教育基本法」改定の審議が衆議院で始まった。その報道の一部を以下に引用する。

首相は「我が国と郷土を愛する(態度を養う)」とした「愛国心」をめぐる表現について「児童・生徒の内心に立ち入って強制する趣旨ではなく、内心の自由を侵害するものではない」と、教育現場で強制しないことを強調し改正に理解を求めた。
毎日新聞 2006年5月16日 20時28分
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/edu/news/20060517k0000m010107000c.html

一見もっともだが、日本人の子供でいろいろ違和感があり、我が国=日本、を愛せない子もいるだろう。そういう子の異議申し立ては可能なのだろうか?それとも、内心は自由だ、ということで表面だけ愛国的に振舞うのだろうか?

あえて我が国=日本、と書いたが外国人も増えている。そういう子供たちも小学校に入学している。彼らにどのようにそれぞれの国を愛する態度を、教育の現場で体得してもらうことができるのだろうか。外国人児童は、国や郷土を愛する教育の埒外なのか?

他方、教員はどうか。以下は「朝日」の記事だ。

 小泉首相は16日、教育基本法改正案をめぐる衆院本会議の質疑で、「愛国心」をめぐる規定について「教員は法令に基づく職務上の責務として児童生徒に対する指導を行っているもので、思想、良心の自由の侵害になるものではない」と述べ、職務として「愛国心」の指導を行うべきだという考えを示した。
2006年05月16日20時25分
http://www.asahi.com/politics/update/0516/006.html

先生によってはまさに面従腹背で、自分で愛してもいない国と郷土を、愛する態度を児童・生徒に身に付けさせるのか? それを防ぐには、採用段階から愛国的で、郷土を愛する人を取るしかなくなる。そうすると学校現場のものの見方、考え方などが一方に偏ってしまうのではないかと懸念する。またそうしたとき、外国人の児童・生徒はどんなものの見方や考え方を、日本での教育を通じて身につけるのだろう。

心ある、外国人が逃げて行くような気がする。また国際的な活動を視野に入れている日本の子供たちも海外に流出してしまうのではないだろうか。

少子化はシステムの改変などで対応できるだろうが、人材の流出は根本的な損失だ。

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2006年5月15日 (月)

科研費

科研費

仲間と申請していたか科学研究費「戦争と科学」取れなかった。

来年だ。

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2006年5月13日 (土)

靖国参拝――米国から刺客が飛んできた?

米国から刺客が飛んできた?

「朝日」のサイトの見出しだ。

「首相の米議会演説向け『靖国不参拝表明を』 下院委員長」
http://www.asahi.com/politics/update/0513/006.html

下院委員長の意見はどれほどの重みがあるのだろう。今、他の報道機関のサイトを見たが、この件を伝えているところはない。

これは「朝日」の思い込みによる、過大評価なのだろうか。しかし、下院委員長の意見は、米国では当り前、さらに国務省でも常識のようなものだろう。

日本の首相はもしかしたら虎の尾を踏んだのだろうか?

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2006年5月11日 (木)

党首討論

2003年6月以来の、小沢‐小泉の党首討論が行なわれるという。

以前、多分、03年4月だったのだろう、伊豆での花見から車で帰る際、ラジオで2人の党首討論を聞いていた。

その時、小沢は小泉に「インティファーダ」は抵抗運動かそれともテロか、と質問していた。小泉はまともには答えられなかった。その曖昧さは、もしかしたらインティファーダという言葉を知らないのではないか、とさえ思ったほどだった。

僕にとって小沢の質問は今もって、どっちなんだ、という思いがある。抵抗運動だと思う反面、無防備の市民を巻き込んで、傷つけている。抵抗運動はそうしたものなのか…。

民主党が政権をとった際には、こうした問題に「答え」を出す必要があるだろう。

僕にとってはそれだけでも、小沢が政権を取ることを期待し、楽しみにしている。

しかし現在の日本では、遠いパレスチナのことに関心を持っている人は多くはない。それは分かってはいるつもりだ。しかし何でも分かったつもりになってはいけないのだ。分からない、あるいは「この問題はどうなんだ」と問い続けることも必要だ。

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2006年5月10日 (水)

官僚の采配で終り?

カネボウの粉飾決算を演出してきた監査法人に一部業務停止命令が出た。7月から2ヶ月だという。

耐震偽装犯罪の主要キャストだった確認申請機関は、増資の偽装が発覚して「廃業」に追い込まれた。それは時期的には、同社の社長が警察に逮捕された時期と一致している。

公認会計士や建築士、といった法的資格である「士」の犯罪に対応するのは官僚で良いのか? 政治の出番ではないのか?必要な法整備を早急にやるべきであるのに、遅々として進まない。多くの人の関心が薄れた頃、官僚の作文をベースにした法律ができる、ということでなければ良いのだが。これまではそうしたパターンだった。

行政改革、できるなら行政機関、霞ヶ関の官僚の数を半分にして、その分を国会に回し、国会の立法機能を強化すべきだろう。

以前にも書いたと思うが、官僚は自分たちが仕事をし易いように法律を、自分たちで作っている。せめて、法律に基づいて仕事をする官僚にとって都合が良いかどうかを考えずに、法律を作ってもらいたい。本当は、国民のための法律を作るのが国会であり、国会議員の仕事なのだ。

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2006年5月 8日 (月)

「アジアパー」何故、凍りつく?

昨日の続きだ。

書いた後考えた。何故舞台が凍りついたのか?出演者の誰もが、小泉内閣登場後の日本とアジア、とりわけ中国および南北朝鮮、とのギクシャクした関係を思い浮かべたのだろう、というのが僕の解釈だ。

誰ひとりとしてそうした認識がなければ、アジアパー! ワッハッハ!と盛り上がっていただろう。しかしそうではなかった。出演者の半数以上が、あるいは全員が、現在の日本の状況が「アジアパー」であることを認識していた。

なかなかすごい出演者たちだ。

その後でもう一歩考えた。あの番組は録画なのだから、「アジアパー」をカットして出すことも可能だったはずだ。しかしノーカットで出した。そこに局のスタンス、あるいは報道機関としての当然のスタンスを感じた。

こんな「笑点」の楽しみ方もある…。ないか?

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2006年5月 7日 (日)

凍りついた

あの情景を凍りついた、というのだろう。

今日、5月7日、「笑点」を見ていた。

誰か有名人が大臣(閣僚)になったとして、どうなるかを答えるという場面だった。

木久蔵さんが「バンジュン(伴淳三郎)」さんが外務大臣になったらと、場面を設定した。司会者はそれでどうなりました、と問いかけた。答えは、「アジャパー(アジアパー)」でアジア外交がパーになる、と答えた。

僕はこれは今の小泉内閣の現状を的確に描写したものだと思った。

しかし、出演者は司会者も含め、一瞬凍りついた感じに思えた。

すぐに次の回答者が指名された。

いや面白かった。

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2006年5月 6日 (土)

9割以上が余分な利息を…

まさに「核心」を衝いた記事だ。

「東京新聞」の「核心」という欄の、「上限金利下げで利益激減!? どうする貸金業界」という記事を読んだ。その一部を引用する。貸金業界では次のような対応をとるという。

返済能力が高い優良顧客への融資規模を拡大する方針を打ち出した。貸出残高全体のうち年利15-18%で貸している比率を今の6・8%から16%に高める考えだ。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/kakushin/20060505/mng_____kakushin000.shtml

僕は3月28日に、利息制限法の上限金利、金額に応じて15~20%、を超える分は、たとえ出資法による金利(29.2%)以下であってもグレーゾーンであり、近年の裁判所の判例ではグレーではなくブラック(黒)であることを書いた。

その実態が「核心」で分かった。何が? グレーゾーンが禁止されると大方の貸金業者がたちいかなくなるらいしいということが分かった。上の引用で、合法的な利息による貸出は全体の10%以下なのだ。今後その比率を、合法貸出の比率を16%に高めるのだという。それでも80%以上は非合法、ということになるのではないか。

これまでグレーという法の網をくぐってきたが、今後も何とかこの抜け道を模索しようということのようだ。どうすると可能なのだろう?政治家への働きかけ?

ここ10年程か、銀行や郵便局の預金金利は極めて低い。その分貸金業者は安いコストで原材料、高利で貸すための金、の調達ができた。これまでほどの低金利は異常で、今後調達コストも上昇するだろう。そしてグレーゾーン廃止となると、生き残る貸金業者とそうではない、廃業するか地下にもぐる業者に分かれるのだろう。

多分今もそうなのだろうけれど、質屋さんは、質草を持って行くが、利息は10%ほどではなかったか。なけなしの質草は、必要なものであり、何日かして取り戻す、というのが原則だっただろう。今はそういう時代ではないのだろう。

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2006年5月 5日 (金)

子供の日

この日は単なる「休日」ではないだろう。

「祝日」であり「祭日」だろう。

祝日と祭日とはどう違うのか?どうも個人的には祝日が使いやすいようだ。祭日というのはいろいに意味を持たせることもできるようだ。

これからは祝日を使おう。

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2006年5月 3日 (水)

憲法記念日

今日は憲法記念日で、休日だ。

僕にとって憲法記念日は「祝日」だが、改憲を目指す人にとっては単なる「休日」か?

新聞がどんな書き方をしているか調べたが、休日か、祝日か、それとも祭日か良く分からなかった。

裁判所はどうかとサイトを調べたが、憲法週間ということで探して探すとサイトの奥まったらしきところにわずかな記述があった。最高裁判所は憲法の番人などと称されているのに、憲法について消極的な姿勢だ。これでは「合憲」「違憲」の判断を出すにはものすごい決断が必要で、だからそうした判断が求められている時も、それを小手先の法律論で回避しているのだろう。

ついでに、日本弁護士連合会のサイトを見た。こにでは入口のページに憲法について、また改憲議論について、いくつかの記述があり、法律家集団として憲法に敬意を払っていることが分かる。しかしこれが法曹界の人間としては当り前のセンスだろう。

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2006年5月 1日 (月)

水俣病公式確認50年

今日水俣市で水俣病公式確認50年の節目に行なわれた慰霊式を各報道機関が報じている。

「日経」の見出しは「水俣病50年で慰霊式・小池環境相『被害者の安心へ全力』」である。
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20060501AT1G0102F01052006.html

この言葉を実質的なものにするには、04年の最高裁判決を受け止めることが必要不可欠だろう。しかし実態は、最高裁判決を何とか回避しようとしている。この点について「読売」は次のように報じている。

一昨年10月の関西訴訟最高裁判決で、国と熊本県の賠償責任が認められたのを機に事態が流動化。患者認定を求めて3700人以上が申請に殺到し、昨年10月には認定申請者団体が再び集団訴訟を起こして、これまでに1028人が原告に加わっている。(2006年5月1日20時53分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060501it06.htm?from=top

論理的には、地方裁判所は最高裁の判決を尊重する判断をするだろう。その判断を政府は受け入れる、それまで時間を稼ぐ、ということか。

今政府に求められているのは、最高裁の判断を踏まえて、政府としての判断でこれらの現在裁判に訴えてもと考えている被害者に、時間を置かずに、手を差し伸べることだと思うのだが。

それが、官僚ではなく、政治家の判断だろう。

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