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2006年4月30日 (日)

虚業と実業

企業も弱い?

4月4日に「会社、企業、組織は強い」を書いたが、その時に取り上げたイーホームズが5月末で廃業するという。「イーホームズ、来月末で廃業へ」(2006年4月26日2時28分  読売新聞)

この記事の数日前には「SBI、イーホームズに株を返還…資本関係解消で合意」(2006年4月25日22時30分  読売新聞)という記事が出ていた。この記事によると、「SBIと北尾氏は、取得額(6000万円)と同額の払い戻しを受ける。」とあるが実際に受けられるのだろうか?

どうやら建築確認機関というのは、ソフトバンクやライブドアのような虚業と違い、ずさんな仕事しているとその存在が許されないようだ。ただ、ソフトバンクやライブドアと比べ、イーホームズの規模は遥かに小さい、資本も圧倒的に少ないので、こうした比較にはあまり意味がないかもしれない。しかしそれでも僕は虚業ののらりくらりした強靭さと、実業のもろさを感じた。

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2006年4月28日 (金)

小泉首相、裸の王様?

それはないよ小泉首相…

小泉首相のいつもの先送り?すり替え?首相はいつの間に裸の王様になったのだ?

4月28日、2つのニュースに接しての率直な感想だ。

ひとつは「米軍再編推進法案、提出は次期国会以降と首相」
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060428ia06.htm

もうひとつは「責任痛感、率直におわび・水俣病50年で首相談話」
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20060428AT3S2800V28042006.html

米軍に関するニュースは、米国、あるいは小泉首相が頼みとしているブッシュ大統領、からの米軍移転=再編強化のための莫大な予算の決定を自分の内閣ではやらず、次の内閣に任せるということだ。消費税の問題や、小泉改革による格差拡大のつけなどと同じく、自分の内閣では何もせず、できず?難しいこと、国民に人気のない政策決定の後回し、先送りである。

もうひとつ、水俣病はもっとたちが悪い。上に見出しを引用した「日経」の記事は後段で次のように書いている。

安倍晋三官房長官は同日午前の記者会見で救済が遅れていることについて「環境省を中心にしっかりと取り組んでいかなければならない」と表明。ただ公害健康被害補償法の認定基準の見直しは「考えていない」と語った。

2004年の最高裁の判決は、国の認定基準は不十分だと断罪している。判決は従来の認定基準では患者=被害者と認定されない症状の人も、患者=被害者と認めるべきだと判断した。認定基準の見直しをせずに、最高裁判所の判断にどのように対応するのだろうか。小手先ではなく、口先だけの対応で時間を稼ぐ=年老いて患者が死ぬのを待つ、ということなのだろうか。

これでは首相の言葉、「責任痛感、率直におわび」の中身は空っぽである。まさに裸の王様だ。

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2006年4月26日 (水)

嘘を真実にする方法

嘘も繰り返し「真実」として発信するといつしか人は「もしかしたら…」と信じるかもしれない。

そう思ったのは昨日の経験もひとつの要因だ。もうひとつは、先日来(4月1,2,5,7日)書いている写真の悪用の問題がある。

以下に写真の説明がどう変遷したかを書いておく。
①「明治43・44年南満州ペスト流行誌附録写真帖」での説明
②『続悪魔の飽食』(森村誠一)の説明
③サイトの写真説明
④"Factories of Death", S.H.Harris, Routledge, 2002の説明

A:10人ほどの医者(?)が解剖台を囲んでいる写真
①「鉄嶺に於けるペスト死体解剖、其一、Dissecting Victims of the Plague, Tiehling---No.1」
②「『丸太』の運命・2 女『丸太』には、梅毒実験および妊娠中・出産後の種々の生体実験が待っていた。解剖される母子『丸太』。」
③「731の医者が強姦し、彼の子を身ごもった少女を生きたまま解剖」

B:ツララが下がった小屋の中に積み上げられた死体の写真
①「哈爾濱に於ける凍結遺体の堆積 Piles of Frozen Corpses, Harbin」
②「『丸太』の運命・5 第七三一部隊の死体置場にはペストに倒れた『丸太』死体が山と積まれていた。横に立つ隊員の白衣姿は文字どおり悪魔的である。」
③「実験後うち捨てられた死体」

C:子供が1人解剖されている写真
①「鉄嶺に於けるペスト死体解剖、其二 Dissecting Victims of the Plague, Tiehling---No.2」
②「『丸太』の運命・4 女子供を問わず、解剖された」
④「生物戦実験の被害者を解剖する731部隊の科学者(「中日戦争の真実を追究する同盟」提供)」

A~Cの写真の出所は『続悪魔の飽食』だと考えられる。その根拠は、Bの写真の人物の帽子の細工、赤十字のマークを黒で塗りつぶしてある、とCの写真のトリミングの一致、本来の写真と比べ下が大きくカットされている、の2点だ。

昨日書いたような経験からすると、人は隙あらば他人の研究を掠め取り、さらに改変さえするということか。なかなか辛いものがある。

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2006年4月25日 (火)

僕の発見?

自分の研究に関することでネット検索していてとんでもないことを発見した。

僕がやっても、書いてもいないことを書いた、主張したと書かれている。

そのアドレスは次の通りだ。
http://sakura4987.exblog.jp/i56

僕がこのサイトで発見したのは以下の記述だ。

◆731部隊の新たな証拠を発見 日本人教授

「人民日報」05/08/18

日本の東京新聞は17日、生物化学兵器問題を長年研究している常石敬一・神奈川大学教授らが、米議会図書館と日本の国会図書館で、731部隊がノミを使用してペスト菌などの細菌兵器を開発していたことの新たな証拠を見つけたと報じた。証拠は731部隊が米軍に提出した英文の「人体解剖記録報告」と、731部隊幹部による医学論文。 「人体解剖記録報告」の「Q報告」には、1940年6月から秋にかけて中国東北地区の農安と新京(現在の長春市)で行ったペスト菌による細菌戦研究の状況が詳細に記録されている。731部隊は計57人の市民にペストを感染させ、その死後に病理解剖を行った。

常石教授が京都府の国会図書館関西館で発見した731部隊幹部による秘密論文集「陸軍軍医学校防疫研究報告」には、ノミの繁殖方法、細菌戦実施の気候条件、爆弾に装填した後の細菌の生存能力などが詳細に記述されている。

論文の中で731部隊の平沢正欣少佐(軍医)は、犬に寄生する犬ノミが、当時新京で発生したペスト蔓延の感染媒体だったことを確認。731部隊はペスト菌に感染した犬ノミを人間に放ち、生体実験も行っている。(編集NA)

ヘー僕が、という点を明らかにしておく。

第1は、「731部隊は計57人の市民にペストを感染させ」という記述だ。僕は、また東京新聞の記事(実は共同通信配信)も、1940年の新京・農安のペストでは「人体実験」はなかった、従来疑問符があったこの点が明確になった、と述べている。それがこの報道のポイントだった。

第2は、「人体解剖記録報告」という物々しいタイトルの文書はないということだ。あるのは「Q報告」とか「A報告」それに「G報告」である。

第3は、「731部隊はペスト菌に感染した犬ノミを人間に放ち、生体実験も行っている。」は引用者、多分「人民日報」の創作・想作ということ。

第4は、「陸軍軍医学校防疫研究報告」は必ずしも秘密論文集ではないということ。また国立国会図書館の関西館に若干はあるが、本体は米国の議会図書館にある。それを不二出版が2004年から05年にかけて復刻出版した。

この、多分「人民日報」なのだろう、記事のトーンは僕の研究を自分たちに都合よく捻じ曲げている。

いやいや、油断もすきもあったものではない。僕のような油断だらけの人は、どうすれば良いのだ。何かを書く、発表する時には本当に注意深くなければならない、と感じた。

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2006年4月24日 (月)

公文書の公開

日本はドイツと比べれば、歴史的文書の公開に積極的ではない。

しかし近年、アジア歴史資料センターができてから状況はずいぶんと変わったと思う。多くの文書がインターネットを通じて、世界中どこにいても、いつでも見ることができるようになった。しかも、時折新しい資料の公開に努めていることが感じられる。

だがその公開のスピードは決して速くはない。公文書の公開は一定年限後自動的にできるものではなく、内容を読み、人権やそれに多分、国の利益を考えた上での判断だ。すなわち、こうした公開の作業には人手が必要なのだ。こうした面での人の配置は、現在日本だけでなく、米国でも予算が削られている。

日本の場合、僕が研究している1930年代から40年代にかけての文書・図書のうち貴重なものが、日本の敗戦後押収した米国にまだ残っている。

日本での歴史的文書の公開を進めるといった場合は、現在政府機関保有の文書の公開だけでなく、どんな文書が米国に押収され、米国に移送されたのかを調査し、所在を突き止め、それら資料を、現物であれ、複製であれ、日本に取り戻す作業も重要となる。戦後何回か大規模な返還作業が行なわれたが、まだ米国議会図書館などには、貴重な資料が残っている。

こうした資料を取り戻し、公開することが、国家情報の透明性を高め、対米従属の非難を招かないためにも必要だろう。

これは研究者としての、まあ個人的な希望だ。

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2006年4月22日 (土)

戦争の記憶

「ナチス文書5000万件公開へ」

これは4月19日、「東京新聞」のサイトで見つけた見出しだ。

この記事の概要は以下の通りだ。

 【ワシントン=松川貴】ドイツのツィプリース法相は十八日、ワシントン市内で会見し、ナチスによる強制収容所などに関した五千万件もの記録文書を公開する方向で、米国と協力していくことを明らかにした。……記録には、虐殺されたり迫害された強制収容所のユダヤ人、強制労働者ら約千七百五十万人の名前が含まれており、ナチスに関する最大級の歴史資料のひとつ……記録に関しては、米仏などが公開を主張。独は新たな国家賠償訴訟が起きることを懸念し、収容者のプライバシーを理由に反対してきた。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/kok/20060419/eve_____kok_____002.shtml

日本でこうした資料の公開が進まないのは何故だろう。「東京」の記事は「独は新たな国家賠償訴訟が起きることを懸念し、…反対してきた」と推測している。多分そうなんだろう。では日本ではどうなんだろう。経済的理由なのだろうか。それとも「面目」というか「自尊心」か。後者だとしたらそれは一面では、国際的には「面目」を失い、「自尊心」のかけらもない歴史の否定そのものに映るだろう。

最近考えるのは、こうした傾向が続くのは日本で今でもアジアの人々を低く見る習性があり、それゆえアジア人に謝罪するのは自らの「面目」や「自尊心」が許さない、という結果をもたらしているのだろうかということだ。

しかし最近、このブログでも触れているが、中国とも、韓国とも、台湾ともどうもギクシャクしている。少なくとも台湾が日本に厳しい態度、沖ノ鳥島を「岩」と認識、をとっているのは靖国神社の問題ではない。漁業など経済的問題が中心のようだ。それだけ根が深く、対日圧力などという戦略・戦術的なものではないと思える。中国や韓国の対日批判には、国内向けの要因もなくはない、と見ている。

そうした台湾のような国、多分シンガポールやマレーシアなどともそうだろうが、に対して相手はアジア人という軽く見る見方をするなら、これらの国々を中国や韓国以上の敵にするだろう。

「面目」や「自尊心」を大切にするには、自分たちの歴史と誠実に向き合うことが最低限の条件だろう。

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2006年4月20日 (木)

勝組を再考

昨日、19日のブログでは、小泉改革を評価し、人々の生活水準の格差拡大を認識している人を勝組とし、評価しない人の全てが格差拡大と考えているとしたが、早計だったかなと思っている。

実際には評価しないが勝組と自他ともに認めている人もいるだろうし、評価していながら、格差拡大に気付かない、しかし自他ともに勝組である人もいるだろう。もっと深く考える必要がありそうだ。

こんなことを今日は一日中考えていた。僕も暇だね。

今の日本で実際の勝組はどの程度なのだろうか。

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2006年4月19日 (水)

勝組を自認する人の割合

小泉内閣評価の意味、その含意を考える。

以下は「読売」の記事だ。この記事を基に計算をしてみた。すると現在の日本で勝組を「自認」している人の割合が3割強と出た。

「格差広がった」6割が指摘…小泉内閣5年で世論調査(2006年4月18日22時8分  読売新聞)

 読売新聞社の全国世論調査(面接方式)で、小泉首相や小泉内閣の5年間の実績を「評価する」人は計70%に達した。
途中省略
 ただ、小泉内閣の構造改革によって「社会の格差が広がった」と思う人は6割近くに上った。外交面では、首相の靖国神社参拝による日中関係の悪化を「深刻だと思う」人が7割を超えた。国民は全体として首相に合格点を与えつつも、小泉政治の負の部分に対する不満が根強いことがうかがえる。
途中省略
 内閣の実績を内政と外交に分けて聞いたところ、「評価する」は内政が計67%、外交は計59%で内政の評価の方が高かった。
 小泉内閣が特に成果を上げた政策課題(複数回答)を選んでもらったところ、<1>郵政3事業の民営化44%<2>道路4公団の民営化25%<3>北朝鮮問題25%――の順。社会保障制度改革、教育改革はわずか2%だった。
 構造改革については、全体として「プラス」と見る人が計60%、「マイナス」と見る人は計30%。ただ、構造改革により、「社会の格差が広がった」という人は計59%で、「そうは思わない」計35%を上回った。
途中省略
 4年半以上首脳の相互訪問が行われていない日中関係については、「深刻だと思う」人は計72%に上り、靖国参拝を続けてきた小泉首相に「責任がある」が計61%で、「責任はない」は計36%だった。

世論調査が面接調査だったことは、電話での調査と比べ、支持が少し高まるのではないかと思われる。面と向って支持・不支持、評価・否定を問われ、不支持・否定を表明することをためらう人がいるのではないかと考えるためだ。それでも7割の「評価」は高い評価だ。

高い評価の内実は、内政が67%、外交が59%で、内政の成果の中身は、①郵政、②道路、外交の成果は北朝鮮問題だという。

最近郵便局手数料が上がった。

郵政民営化の影響かどうかは分からないが、外国への郵便振替による送金手数料がこの4月からバカ高くなった、という投書を最近「朝日」で見た。それ以前は10万円までだと手数料は1,000円だった。今は金額にかかわらず一律に2,500円となった。僕はこれまで数万円の送金に利用していたが、これからは別の方法を見つけなけばいけないと考えている。僕の立場からすれば、この手数料改定は大口顧客を優遇し、小口の少額の顧客の損害を考えていない施策だ。

これは目立たない部分から少しづつ、小口の利用者をターゲットに手数料を上げていこうという、民営化の進行にあわせた戦略ではないかと思う。これが60%の人が「プラス」評価する構造改革の実態ではないのか。

全体として構造改革で「社会の格差が広がった」と見る人は59%だという。ということは、改革を評価しないとした、全体の35%の人全員が格差は拡大と答えたとして、プラス評価の60%の人のうち、32%ほどは格差の拡大を認めていることになる。(計算:全体100人=プラス評価60人、マイナス評価35人、不明5人。格差拡大と見る人=59人。59人-35人-5人=19人、19人÷59人=0.322)

格差拡大を認識しながら、その原因と考える構造改革を支持する人が3割強いるということになる。この人たちは、日本の将来のために構造改革が必要であり、自分は下流・超下流となってもかまわない、と思っているとは考えられない。むしろ、自分は構造改革による格差拡大でますます上に位置するようになる勝組、と自認しているのではないかと思っている。

構造改革とは何かを理解するのにうってつけの記事を「日経」のサイトに見つけた。

自民党、補選支持を経団連に要請

 自民党の武部勤幹事長ら党幹部は19日午前、都内のホテルで日本経団連の奥田碩会長と会談し、今週末の衆院千葉7区補欠選挙の支援を要請した。武部氏は「改革を続行するかが問われている。厳しい状況だが、自民に勢いが付いてきた」と選挙情勢を説明した。経団連から具体的な言及はなかったという。(13:38)
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20060419AT3S1900H19042006.html

小泉構造改革の本当の受益者が誰・どの階層・集団であるのかをこの記事は明確に示しているだろう。

「読売」の記事では、外交問題で日中関係の深刻さを取り上げているが、日韓関係は問題がないのだろうか…?さらに、今日の「読売」の別の記事だと日台関係も今後問題が出てきそうだ。以下がその冒頭部分だ。

沖ノ鳥島、台湾も「岩」…日本との漁業交渉で主張

 【台北=石井利尚】日本最南端の沖ノ鳥島について台湾当局が日本政府に対し、「沖ノ鳥島は『島』ではなく『岩』だ」とし、日本はその周辺海域を排他的経済水域(EEZ)に設定できない、と主張していることがわかった。 (4月19日 14:35)

何か日本はますますアジアで孤立しているようだ。せめて国内では、格差を縮小して、仲良く、楽しく、のんびりやりたいものだ。

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2006年4月17日 (月)

月とスッポン――行政の対応と私企業の対応

今日は、行政の愚鈍さと私企業の危機管理の素早さとの対比を思い知らされた。

今年は水俣病、あるいは水俣地方に発生した大規模な食中毒事件発見から50年だ。

被害患者たちの大部分は長く行政から放置されたきた。それを救済するかもしれない判断を最高裁が示したのは2004年10月だった。所謂関西訴訟についての最高裁の判決だった。しかし、行政、特に国はかたくなな姿勢を崩さない。その結果、次のような事態が生まれている(今日、17日付けの「熊本日日新聞」だ)。

一方、熊本、鹿児島両県の認定審査会は、司法と行政の食い違いが原因となって機能停止状態が続いており、両県で三千七百人以上の審査が滞留。
http://kumanichi.com/feature/minamata/kiji/index.cfm?id=20060417000004

同じく、今日、17日付けの「読売」のサイトの見出しに「クボタ、石綿被害者に救済金…88人に計32億円」とあるのを見つけた。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060417it14.htm

「読売」のサイトに「アスベスト?がんなどで79人死亡」の見出しが出たのは、2005年6月30日だ。それから9ヵ月半、クボタは上記のような対応をした。この救済対象は工場から半径1キロ以内に1年以上住んでいた、あるいは学校や事業所に通っていた人々に限定されており、これで十分というわけではないが、時間的素早さ、金銭的救済はそれなりに評価できる。

今回はとりあえず距離および時間的な範囲を機会的に決めて、救済を行なおうということだろう。この網、あるいは線引きから漏れる人も当然いるわけで、そうした人には個別の対応ということになるのだろう。今回の大まかな範囲の決定は、そのための一歩と考えている。

私企業がこうした危機管理の鮮やかさを示す半面で、水俣病被害にしろ、カネミ油症被害にしろ、行政の動きの悪さ、あるいは作為的とも思える無策ぶりは際立つ一方だ。こうした国を愛すことがきるのか、教育基本法を改悪しようとしている人々には是非考えてもらいたい。

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2006年4月16日 (日)

気になる言葉――小論文

10年くらい前から気になっている言葉に「小論文」がある。

小論文の書き方などという本もあるが、小論文とはなんなのだろう。

研究者が論文を書く時、短いものを、速報的に書いても、それを小論文とは考えていないだろう。

論文には、特に理系の論文では、短いが「大論文」というのがある。例えば特殊相対性理論を初めて提出したアインシュタインの1905年の論文、「運動物体の電気力学」は1ページほどの短い論文で、参考文献も付いていない。きわめてシンプルな大論文だ。

朝日新聞のウエッブ上の日本語辞書『大辞林』(三省堂)には「小論文」という項目はない。小論はあり、こちらの意味として「(1)規模の小さい論文・論説。(2)自分の論文・論説をへりくだっていう語。」の2つがあげられている。これからすると「小論文」は(2)の意味か。アインシュタインの先の論文は「規模は小さいが」それを「小論文」とするのは抵抗がある。

小論文とは何かとこだわっていると、「小」という接頭語がいろいろに使われていることが気になってきた。

その中で最近一番変だな、と思っているのは「小説」という言葉だ。日本語としては大河小説とか長編小説などという言葉がある。大規模な、長い「小説」とは矛盾ではないのか。

こんなことを、小粋で小奇麗な小料理屋の小上がりで、小料理を楽しみながら少々考えてみたいものだ。そうしたら、小器用でも、小細工でも、小賢しくも、あるいは小才でも、また小利口でもない、小気味のよい結論が出るだろうか。

この考察は、日曜日の午後、昼寝をする時に、すぐに眠りにつける妙薬だ。

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2006年4月13日 (木)

愛国心の育て方…

僕は1月6日に次のように書いた。

劇作家B・ブレヒトは『ガリレイの生涯』で、「英雄のいない国は不幸だ」という声に対して、ガリレイに「英雄を必要とする国が不幸なんだ」と言わせている。

「愛国心」について言えば、「愛国心を必要とする国が不幸なんだ」あるいは「愛国心を強制する必要がある国が不幸なのだ」と言えるだろうか。

あえて愛国心を文章化し、それを求めることは、まさに愛国心が失われている現状を、多くの国民が愛国心を持っていないらしい現状を示しているだろう。国を愛する心や、郷土を愛する心は強制して生まれるものではないだろう。

人と人との間の愛情は、強制できるものだろうか。強制された「愛」はインチキ・欺瞞・嘘であろう。国や郷土を愛する心も強制されたものは、やはりインチキ・欺瞞・嘘にしか過ぎない。

教育基本法で、子供たちにインチキ・欺瞞・嘘の国や郷土を愛する心を強制するところまでこの国は、日本は堕ちてしまったのか。これまで僕は僕なりの気持ちでこの国や街を大切にしてきたが、それは決して強制されたものではなく、いろいろな人との出会いによってはぐくまれたものだと思っている。

国や郷土を愛する気持ちは、一朝一夕に生まれるものでも、強制できるものでもないだろう。そこに住む多くの人が、ここに住みたい、ここに住んでよかった、ここで生活できることが何よりである、と思えて初めて国や郷土を愛する気持ちが、わきおこってくるものだと思っている。

愛国心を強制するのは逆効果で、多くの人が自分の街を、国をいとおしく思うようになる街や国づくりが早道だと思っている。これは道路や下水の整備などの公共事業では不可能で、多くの人の知恵を善意が必要な、時間のかかる日々の努力によってもたらされるだろう。

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2006年4月12日 (水)

政治家の判断・官僚の判断先送り

国が債権、17億円を放棄する。これは久しぶりによいニュースだ。

今朝、4月12日の「朝日新聞」に「カネミ油症 国、仮払金17億円放棄 与党方針 被害者救済へ新法も」という見出しを見つけた。

カネミ油症事件は、砒素ミルク中毒事件にならぶ食品公害事件である。事件は1968年に起きたが、まだ苦しんでいる患者もいる。

被害患者は国や企業を相手に裁判を起し、地裁段階では国の責任が認められ、国はとりあえず判決が決めた賠償金を仮払いした。

その後、国による直接の救済を求めるなどいろいろな経緯があり、原告は告訴を取り下げた。その結果、仮払金の返済という問題が法律的に出てきた。それを今回、与党の方針で債権を放棄する方針が打ち出された。

記事は「債権放棄…は、新たな救済策をつくるよりも早期に実現でき、実効性も高いと判断したからだ」と書いている。正しい判断だ。

この判断について、記事は「自民党の甘利明政調会長代理は『仮払いされたものを返せというのはあまりに気の毒だ』と語った」と書いている。

こうした当り前の判断が今日まで遅れたことについて記事は「農水省畜産振興課」の「仮払金を返した人もおり…不公平で難しい」という判断を紹介している。しかし同課は与党の方針を受け入れるという。それは「被害者の大変さは痛いほどわかっている」からだという。痛いほどわかっているなら、何故もっと早く対応しなかったのか、被害患者たちは長年仮払金の負担の重さを訴え、放棄を求めてきた。

こうした、決して早くはないが、まっとうな判断ができるのが政治家で、痛いほどの痛みを口ほどには感じないのが、あるいは感じても判断できないのが官僚か…。後者であれば、日本の政治・社会の枠組みを見直すひとつの材料となるだろう。

何はともあれ、深刻な食品公害被害者支援の一歩が踏み出されことを喜ぶ。ただしこれで終りではない、これは始まりに過ぎない。

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2006年4月10日 (月)

今日は実質的な新学期

入学式は3日だった。それから1週間が経ち、今日から本格的に学校が始まった。

今日は3年生および4年生のゼミの今年度の初日だった。僕のゼミでは通常この時期、内定者はほとんどいないのだが、今年は何人か、少なくともゼミ初日に顔を見せたうちの何人かは既に内定をもらっているようだ。公務員志望などではまだ試験が始まっておらず、内定が出ようがない。

これだけ早く内定が出るのは、やはり景気回復のおかげなのだろう。他方で、公務員志望の学生には周囲の騒ぎに惑わされず、しっかり就職試験の勉強にも励んでもらいたいと願っている。公務員にはまわりの雰囲気に流されず、自分のやるべきことを地道にやれる人になってもらいたい。そうした試練が今年は、4年生の春の段階からしっかり始まっている。

こうしたちょっとした逆境を、チャンスと思える人がこれから(も)必要だろう。これはいわば「発想の転換」なのだ。それができる柔軟性が重要だ。

かくいう僕はどうだろう?時々自省する必要がある。それは分かってはいるのだけれど…。

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2006年4月 9日 (日)

駅の隣のコンビニが酒を売り始めた

久しぶりに家の近くの駅まで散歩に出かけた。

駅に隣接してコンビにができたことは以前、3月24日に書いた。その時店では酒類は売っていなかった。これまで何度かこの店の前を通っているが、いつも電車の時間を気にしながら急いで通り過ぎたり、時間がある時は車を避けるために回り道をして一枚のビラに気付かなかった。

今日は散歩のついでにその前を通ったので、「お待たせしました。お酒の販売開始しました。」というビラが張り出されているのに気付いた。中をのぞくと、ビールやら日本酒やら、焼酎など相当広い売り場を占領しているようだった。

朝早くから夜遅くまで、特段のこだわりがなければ、いつでも酒類が買えるということだ。こうしたことを便利というのだろうか?

酒とはそれほど日常的なものなのだろうか?僕は1976年秋から1年間、ポーランドのワルシャワにいた。その頃のワルシャワでは、朝から街角で酒のにおいをぷんぷんさせている人を時に見た。またその当時、モスクワでもそうだった。その時僕は、社会主義国の人々の精神の貧しさを思ったものだった。

日本でも朝から酒を飲む人はいたが、僕のまわりでいうと、それは娯楽で旅をしているような時に限られていたと思う。

何故、通勤の駅で朝から酒を売るのだろうか?こうした商魂が僕には理解できない。しかしこれが自動販売機にならされた、消費者と売る側の感覚の麻痺なのかもしれない。

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2006年4月 7日 (金)

4月1日にアップした写真の訂正です

4月1日にアップした3種類の写真のうち、1種類は指摘した写真集のものではありませんでした。

僕が間違えていた写真は「Vivisect(生体解剖)」というタイトルの写真です。「明治43・44年南満州ペスト流行誌附録写真帖」(関東都督府臨時防疫部編、満州日々新聞社発行)で確認したところ、この写真はそこには掲載されていませんでした。

横たわっている人に手を触れている人物のマスクらしきものが顎にあって、口や鼻を覆っていないこと、その人物の右隣のソフト帽をかぶっている男性がマスクをしていないことなどから、ペストなど流行病の患者、あるいは死者に対応しているものではないらしいことを気付くべきでした。

この写真の出典についてこれから探求します。分かったら報告します。

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2006年4月 5日 (水)

米産牛肉輸入のごり押し? 国会は最大の審議会?

政府の委員会とはなんだろう。

以下は産経新聞のサイトの見出しだ。
(http://www.sankei.co.jp/news/060404/sha001.htm)

プリオン専門調査会、専門委員の半数辞任 「慎重派」の6人

記事には次の記述がある。「辞任した6人は消費者団体などから“輸入再開慎重派”とみられており、今後の審議にどう影響を与えるかが注目を集めそうだ」。

政府(あるいは地方公共団体)の委員会・審議会の活動ははじめに結論ありき、という話をよく聞く。この委員会もそうした例にもれないようだ。今回辞表を提出した委員の1人は「新しい委員は科学的に正しい意見を言える人だちだが、委員会で思っていることを述べるのは大変なこと」と心配した。」と述べているという。これはまさに政府の審議会が当該の役所の意向を実現するための道具となっていることを示す典型だろう。

6人が辞任したこと、そして彼らに代わる6人が任命されたことは、食品安全委員会を管轄する内閣府の発表で明らかとなった。したがって、今になって新しい委員の顔ぶれをあれこれ議論しても始まらない。当該の役所は批判されても、いずれ相手はつかれ、国民を忘れる、と考えそうした疑問の声を取り上げることはない。委員会・審議会がこうした密室で、役所・官僚に都合のよい人を集め、彼らを弾除けに使って、役所・官僚に都合のよい、しかし国民の反発を買う結論を導き出していることがよく見えてきた。

これに関連して僕が不思議に思っているのは「議員立法」という言葉だ。僕たちは議員を、立法府の一員として選んでいるのだ。彼らの仕事は立法のはずだ。しかし彼らが実際に行なっているのは、行政府、政府が提出する法律、つまり官僚が作った法律案を承認するだけだ。そして珠に自分たちが法律を作るから、議員立法などという言葉が存在するのだ。

官僚は法律に基づいて仕事をしているが、その仕事をするルール=法律を作っているのが官僚ということになる。その場合、その法律は官僚が仕事をし易いものとなっているだろう。それら法律は、国民よりも官僚に都合のよいものとなっているだろう。

こうみると、国会も一種の政府の審議会としての機能しか果していないことが分かる。やれやれである。

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2006年4月 4日 (火)

会社、企業、組織は強い

共同通信のサイト(http://www.kyodo.co.jp/)を見ていたら「イーホームズ株49%を取得    SBIが筆頭株主に(21:34)」というニュースがあった。

SBIというのはライブドアによるニッポン放送・フジテレビ株買収の際に、ライブドアに対抗する立場で仲裁に乗り出した投資顧問会社(?)で、ソフトバンクの関連企業だ。他方イーホームズというのは、その記事によれば「耐震強度偽装問題で多くの偽装物件を見逃した指定確認検査機関」である。

SBIは今後の事業展開に住宅不動産事業を拡大する意向があり、そのための投資だという。

僕は、あれだけのめちゃくちゃを、見逃しを、やってイーホームズは生き残れるのか、と思っていた。つまり、耐震偽装犯罪を見逃して、あるいは手を貸して、建築確認を出したことについて、被害者は当然損害賠償請求をするはずである。誰がそんな多分膨大な「未来の借金」を抱えている企業を取り込もうとするのだろうか、と考えていた。

ところがそういう、僕から考えると未来の暗い企業を買い取ろうとする企業が出てきた。それがSBIというソフトバンクの関連会社だった。

どうやら投資を中心に考える、マネーゲームに長けているライブドアや、あるいはソフトバンクのような企業にとっては、イーホームズの失態は大したことではないらしい。

多分ある程度の損害賠償の負担は考えているのだろうが、イーホームズを傘下におさめることで、その負担を上回る収益が上がるという計算が成り立つのだろう。どんな事業をするのだろう。イーホームズが設計した家に住みたい人、設計を頼みたい人はいるだろうか。それとも、従来どおりの建築確認業務をもっと効率よくやって、収益を増やすのか…。

かつてHIVに汚染された血液製剤を大量に売り抜け批判を浴びた製薬企業があった。その企業は批判の嵐がある程度おさまってから、別の製薬企業と合併し別の会社が生まれ、元の企業の名前はなくなった。現在ではその別の会社もより大きな財閥系の製薬会社に吸収され、なくなってしまった。

おおもとの製薬会社が製造していたのはHIVに汚染された血液製剤だけではなく、肝炎ウイルスに汚染されていたものも大量に販売していた。こちらの被害の解明は数年前に始まったばかりだ。

こうしたウイルスに汚染された薬が販売されることは、国にも監督責任があり、また使用した医師の注意義務の欠落などもあるが、第一の責任は製薬会社にある。

現在、おおもとの製薬会社を引き継いだ財閥系の製薬会社は患者への情報提供などは行なっているようだが、元の会社がなくなったため、製薬会社に対する責任追及の声は弱い。いきおい救済を求める矛先は国になる。この場合の一連の吸収合併のねらいは、元凶隠しにあったのではないかと思える。

イーホームズの暗い未来も、こうした吸収合併の闇の向こうで安泰なのだろうか?やりきれないな。

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2006年4月 3日 (月)

新入生

今日は僕が勤務する大学の入学式だった。

今年度から新入生のためのメニューが一段とシステム化された。

これまで新入生を、高校生から大学生にするためのひとつの方法として「基礎ゼミ」というのが僕のいる学部ではあった。従来は、あまり縛りがなく、課題図書なども何冊かあげられ、担当の教員がそれぞれの関心でどれか一冊を選ぶという感じだった。また学生諸君に提出してもらうレポートも、ゼミによって、学生諸君にとって「天国と地獄」の差があった。

今年度から基礎ゼミの名前がFYS(First Year Seminar)となり、全ての学部で学生に履修してもらうことになった。つまり全学的に行うことになった。そのための教材が3種類用意されており、それを使いゼミを進め、課題を課し、レポートの提出を求めることになる。これで学生諸君にとっては「天国と地獄」という状況は、外見的には少し緩和されるだろう。

僕たちの学部で「基礎ゼミ」を作ったのは、10年くらい前だったと思うが、その頃は他の学部の先生から「おまえたちの学部の学生はそれほど手取り足取してやらないと駄目なのか」と揶揄されたものだった。当時、僕たちの学部の学生が他の学部より質が落ちることはなかった。それでも基礎ゼミを設けたのは、一日も早く大学生になってもらいたいという思いがあった。その頃僕たちは、大学新入生は高校3.5年生と考えていた。それを早く、夏休みまでに大学1年生にしようと考えたのだった。

それがいつの間にか、基礎ゼミが、もっと組織化され、全学に拡大した。これは他大学でも同じような傾向のようだ。

これも、少子化で大学の行き残り策のひとつと考えることができる。これが学生のためになるかどうかは分からない。ためになる学生もいるし、逆にためにならない学生もいるだろう。とりあえずは試行錯誤しながら、より多くの学生に有効だと思えることをいろいろ試す、ということが大衆教育化した大学教育では必要になっているのだろう。

こうした試みがうまく機能するようになれば、少子化は日本にとって、飛躍のチャンスとなるはずだ。

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2006年4月 2日 (日)

アップした写真はインチキではなかった

昨日(4月1日)アップした写真を「インチキ写真」としたことは大きな誤りだった。

昨日書いたように、あの3種類の写真は1910年から11年にかけての中国東北部での肺ペストの大流行時に撮影されたものだ。撮影したのは日本から現地に派遣された医療スタッフだろう。

ペストには腺ペストと肺ペストとあるが、肺ペストは死亡率がきわめて高い上に、ヒトからヒトへと感染が広がる。肺ペスト患者の咳や痰の飛沫によって感染する。他方腺ペストは、ペスト菌を体内に持ったノミに刺されない限り感染することはない。

写真の医療スタッフが物々しいマスクその他の防護服を身に付けているのは、患者からの感染を防ぐためだ。

ペスト菌が初めて特定されたのは、1894年の香港でのペストの流行に際してだった。この時日本から北里柴三郎と、東大教授青山胤通が現地に派遣された。北里はペスト菌を発見するという成果をあげた。他方、青山はペストに感染・発病したが、幸い命はとりとめ、日本に帰ることができた。

ペスト防疫、あるいは治療には感染の危険がつきものなのだ。そうした危険を冒した治療行為の中での写真撮影である。それは物見遊山ではなく、またいつ起きるとも限らないペストの流行に備えて、現地に行っていない、あるいはいずれ医者になる人のための、教育のための資料なのだ。

そういう意味で、インチキ写真とした写真は、まっとうな防疫のための写真である。また、現地に派遣された医療スタッフの努力を記録した貴重な写真だ。

これら写真が掲載されている「明治43・44年南満州ペスト流行誌附録写真帖」(関東都督府臨時防疫部編、満州日々新聞社発行)は、国会図書館で見ることができる。請求記号は:EG244-H46である。

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2006年4月 1日 (土)

インチキ写真をアップ

新しい写真4枚、3種類アップした。

見たい方は左の「記録」というところをクリックしてください。

数が合わないのは、同じものを2枚アップしたためだ。何故そんな面倒なことをする? それは同じ写真が別々のサイトで使われていたためだ。むしろ、別のサイトが同じ写真を使っていることは、インチキがどれだけ横行しているかが分かるだけでなく、もしかしたら「情報操作」が行なわれているかもしれないことを示せるのではないかと考えてのことだ。

3枚の写真はいずれも
http://www.centurychina.com/wiihist/germwar/germwar.htm
というサイトのものだ。これは中国人として「我々は歴史を決して忘れない(1931-1945年」というタイトルのサイトの一部だ。つまり日本から受けた仕打ちを決して忘れない、ということを「ヒューマニティ」の名の下に宣言しているサイトである。

3枚の写真のタイトルは:
1. 731の医者が強姦し、彼の子を身ごもった少女を生きたまま解剖
2. 実験後うち捨てられた死体
3. 生体解剖

もう1枚は、ウエッブ上の無料の百科事典Wikipediaの「Unit 731(731部隊)」という項目に付けられた写真です。これは上記3枚のうちの2番目と同じ写真です。いかにこれら写真が「重用」あるいは「重宝」されているかの証明のような気がします。

この項目のサイトのアドレスは以下の通りです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Unit_731

百科事典ですので、著作権の問題触れています。ちなみに中国人のサイトではそうした問題を考慮していないようです。

写真の使用について、百科事典は"This image is in the public domain in the United States because it was published before 1923; its copyright has also expired in those countries with a copyright term of life of the author plus 50 years."と書いています。これは「この写真は米国では誰でもが使える写真である。その理由はこの写真の刊行は1923年以前であることによる。米国では著作権は著作者の生涯プラス50年で消滅する。」

この百科事典は、部隊長の石井四郎の活動は1932年から始まり、731部隊は1937年から1945年まで活動と書いている。となると、1923年以前に公表された写真がどうして731部隊に関係するのだろう?

この事典は、科学技術の記述では相当高い評価を得ているが(「『ネイチャー』誌、ウィキペディアの正確さを評価」
http://www.excite.co.jp/News/computers/20060327180505/Hotwired_20060327202.html)、
歴史では、この項目を読む限り、記述と写真の食い違いに気付かないなど、不注意な点を感じる。まあ人のことは言えないが…。

僕はこれまでこうしたインチキ写真には関心がなかったが、これはやはり歴史の捏造だと思い、少し整理しようと思っている。そう思うきっかけは、昨年9月、クアラルンプールで開催された、「生命科学の悪用防止のための円卓会議」(国際赤十字主催)に出席したことだった。その時、1人の講演者が731部隊を説明するのに、どのインチキ写真だったか忘れたが、その1枚をスライドで示したのだった。

講演がすんで、質問の時間になって、僕は映された写真が731とは関係なく「明治43・44年南満州ペスト流行誌附録写真帖」(関東都督府臨時防疫部編、満州日々新聞社発行)の写真であること。それを日本の小説家が1982年に発表した731部隊についての本で、731部隊の写真としたことで、現在世界中で、この写真が731部隊のものという誤解が広がっていることを伝えた。またその時のペストについても次のように説明した。

1910から11年のペストの流行では、統計として記録が残っているだけで5万人が死亡している。これらの写真は、そのペスト流行時に派遣され、防疫にあたった医者たちが記録のために撮影したものだった。写真は外見だけでは、防疫ためか、非人道的な目的かは分かりづらい。

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