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2006年3月31日 (金)

やっと写真をアップしました

先日、ワシントンDCで写した写真をアップしました。近いうちにキャプションも付けます。左の下の方の「記録」という欄のサムネィルをクリックすると3枚の写真が出ます。

それらが3月19日の「戦争を展示」するというタイトルで書いた際に言及した写真です。

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2006年3月30日 (木)

生命倫理を欠いた国で世界生命倫理学会

今年、2006年の8月、中国の北京で第8回世界生命倫理学会が開催される。そこで講演することを求められている。

僕には中国で生命倫理学会?という感じがある。それは中国では臓器移植手術のためにヒトの臓器が売買され、また移植される臓器の多くが死刑囚のものだ、ということがあるためだ。以下は「日経」の記事だ。

中国、臓器売買を禁止・人権批判に応じ「規定」発表
 【北京=桃井裕理】中国衛生省は27日、臓器移植の管理強化に向け、臓器売買のほか、臓器移植を利用した不当な利益の獲得を禁止した新規定を発表した。中国では死刑囚から摘出した臓器を使った移植が多く、ドナー(臓器提供者)の人権問題を巡って国際的な批判が高まっていた。中国で移植手術を受ける日本人も多いとされ、日本人患者にも影響しそうだ。
 新規定は7月1日に施行する。移植を実施する医療機関は地方政府への登録が必要になるうえ、倫理委員会の設置を義務づけられる。医療機関は臓器提供に先立って、ドナー本人の書面同意を取り付けることも求められる。
 移植手術のための臓器が不足するなかで手術費用の安い中国で臓器移植を受ける外国人が増えている。ただ、中国内の法律の未整備を背景に、ブローカーや医師、病院が不当な利益を得る事例などが多発。中国で手術を受けた日本人数人が手術直後に死亡するなどの事故も発生していた。  (22: 51)
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20060327AT2M2701827032006.html

生命倫理を議論するなら、国内のこうした問題を解決までいかなくとも、こうした制度を整備してから、というのが日本的感覚ではあるまいか。上記の記事では「規定」が発効するのは7月で、学会のひと月前に制度的な整備はスタートすることになっている。まさか学会にあわせて、付け焼刃に制度を作ったのではないだろうが…。

こんな国の首都での世界生命倫理学会はどんなものになるのだろう。

8月の北京の学会では、生命倫理の議論ではある意味「定番」の731部隊が取り上げられる。それで講演するよう招かれているわけだ。全体会議のための講演に招待されてはいるが、予算がないので旅費は自分持ちである。それで現在日本の学術振興会、まあ政府機関だ、の海外学会派遣のための補助を申請している。補助が駄目だったら、多分行かないだろう。特別講演は名誉かもしれないけれど、それだけだ。その程度の名誉のために、自費で北京までいくのはご免だ。

僕が長年その部隊、中国のハルビン近郊にあった、のことを研究していることを知ってはいるが、門外漢の人は、中国には「いろいろ資料があるのでしょうね」と言う。僕は「ほとんどありません。あるはずですが、未整理で外部、特に外国人はアクセスできません」と答えている。答えの後半は相手への配慮だ。

これまでの僕の研究を支えてきた資料は、米国や旧ソ連(現在ロシア)の資料であり、1990年以降はそれに日本の資料が加わった。最近も、2005年6月、米国ワシントンの公文書館および議会図書館で新しい発見があった。

こういう状況であれば、同じ費用をかけるなら、北京ではなくワシントンその他の研究上の成果が期待できるところに出かけたい。その上、北京あるいは中国行きの航空運賃はきわめて高い。4月の第1週、全日空から直接購入する割引切符の一番安いもので比べると、ワシントンは往復67千円、北京は往復152千円である。比較の条件は、僕が全日空から直接購入する中で一番安い切符ということである。ワシントンの切符と北京の切符は予約時期その他で若干の違いはあるが、それは僕が切符を購入する時には重要なポイントではない。僕にとって重要なのは「値段」である。

したがって、自費で行くのであれば、当然北京ではなくワシントンなり、パリであったりするわけだ。4月の第1週、パリやロンドンは往復75千円である。

今のところは、8月北京に行く前提で、講演の予稿を準備している。ところが731部隊については、相当インチキな研究が横行している。その一部は、このブログの表紙にしている本、『戦場の疫学』で指摘した。そうしたインチキな研究を北京で取り上げようと思っている。

それについては近いうちに書く。

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2006年3月28日 (火)

個人と企業、元建築士とコンサルタント会社、朝日の社長とその長男

日本は「会社」社会なのか…。

今日、3月28日、耐震偽装犯罪に関して2つのニュースがあった。ひとつは犯罪にかかわり、建築士の免許を剥奪された人の奥さんが7階建てのビルの下で発見され、死亡が確認された、というニュースだ。

僕は甘い人間なので、元建築士にとって今一番必要な人が急死した、という思いが禁じえない。彼はどうするのだ、彼が犯した犯罪は犯罪として、暗い気持ちになる。彼はこれから、家族という支えなしに、一人で生きていかなければならない。彼は今、個人で仕事をしてきたことの悲哀を感じているだろう。特に、同じ犯罪にかかわったコンサルタント会社との対比で、その感を一層深めているだろう。

もうひとつは、そのコンサルタント会社についてのニュースだ。その会社は23日に取り上げた、ホテル建設および開業に当りコンサルタントを引き受け、指導料を取った会社だ。

以下は共同通信の記事だ。http://www.excite.co.jp/News/society/20060328204534/Kyodo_20060328a488010s20060328204536.html

経営指導料返還の意思なし 耐震強度問題で総研  [ 03月28日 20時45分 ]

 耐震強度偽装問題で、総合経営研究所(総研、内河健所長)は28日までに、開業指導した10都府県12ホテルに対し「当社の指導そのものに非はなかった」として、指導料返還の意思がないことを文書で明らかにした。

総研が弁護士事務所を通じて出した回答によると、姉歯秀次元1級建築士による偽装について「思いもよらぬこと」とした上で「民事・刑事の法的手続きの中で、当社の責任の有無はおのずと明らかになると考えます」としている。

何んだか、法律が守ってくれる、あるいはわが社の有能な弁護士が守ってくれる、と高を括っているような返事だ。多分そうなるのかもしれない。少なくともこれまではそうだったのだろう。しかし今度も、今後もそのままいけるのだろうか。いかしてはいけないと思う。

高利貸し、今は消費者金融というが、その多くが法律「利息制限法」を越えて利息を取り立てている。10万円以下の場合、2割以上の利息は違法なのだ。しかしそれ以上の利息を取っても、その法律違反を罰する規定がない。その結果、高利貸しといわれる人々はそうした法律を無視して高い利息を取ってきた。しかし最近、最高裁は積極的に、そうした法律を超える金利は支払う必要がないことを、判決を通じて示している。出資法などという抜け道、グレーゾーンはクロなのだ、という判断だ。

金を借りたら、一定の利息を付けて返済するのは社会の常識だ。だから冷静に考えたら、よほどのことがないと金は借りない。しかし今や、銀行のATMから自分の預金を引き出す感覚で、高利の金を借りさせる仕組みができている。こうした法律違反は現在では罰せられないことと、個人ではなく「会社」という組織として法律違反をしているため、この違反に加担している個人の多くは何の痛みも感じずに「仕事」として、日常業務としてそれをやっているのだろう。

元建築士と、自分は表に出ず弁護士事務所にやらせるコンサルタント会社、の大きな落差。これが日本社会か。

同じ落差を、朝日新聞の社長とその長男に感じる。刑の執行を猶予されている最中の長男を「東京地検は同日、大麻取締法違反と麻薬取締法違反(使用)の両罪で起訴」した(http://www.sankei.co.jp/news/060328/sha107.htm)。社長あるいは「朝日」の広報部は「事件が進退に影響しない理由について『長男とはいえ、35歳の独立した人格の社会人が起こした事件であることを理解してほしい』と述べている」という(http://flash24.kyodo.co.jp/?MID=JOM&PG=STORY&NGID=soci&NWID=2006032801006378)。自分は表に出ずに「広報」に任せている。

今の社長になってから、朝日は問題が続出している。その最たるものは、長野県知事に会ってもいないのに、インタビュー記事を書いた記者がおり、その記事のチェックができず、そのまま紙面に出てしまったことだろう。これは、本当は今回のメール事件で民主党への信頼が失われたのと同じように、新聞としての朝日に対する信頼を崩壊させた事件なのだ。しかし社長は残った。その朝日が、メール事件で民主党の代表の辞任を主張したらお笑いだろう。

朝日の問題はまた考えるとして、日本では、あるいはどこでもそうかも知れないが、企業や団体に属する人々と比べ、個人として活動している人の立場は弱いなあと思う。

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2006年3月27日 (月)

東海道新幹線は大丈夫なのか?

JRとうかい、と入れるとJR倒壊と変換される

3月26日京都で学会があり、約ひと月ぶりで京都駅を利用した。

前回利用したのは、3月2日だった。2日の朝、ホテルのテレビのニュースは、1日の夜遅く、新幹線の京都駅で、69歳の男性がシャッターに挟まれて死亡したことを伝えていた。

死亡の原因は、JR東海の若い駅員が、安全を確認せずにシャッターのスイッチを入れたため、ということだった。それでその駅員は業務上過失致死の容疑で逮捕された。その後駅員がどうなったか、起訴されたのか、起訴猶予になったのかは知らない。

以下に引用するのは毎日新聞の記事の一部だ。

 シャッターは幅2.6メートル、高さ2.4メートル。81年製で緊急停止用センサーなどの安全装置はなかった。設置は旧国鉄時代という。

 近鉄京都駅の駅員が1日午後11時55分ごろの巡視で発見。近鉄からJR東海へのホットラインがつながらず、119番通報した。JR東海によると、駅員が巡視などで不在だったという。
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20060302k0000e040044000c.html

引用の後段から、JR東海のお粗末さが読み取れる。第一に、被害者を発見したのは、近鉄の駅員であったことだ。第二に、近鉄が東海にホットラインで連絡したが、つながらなかったことだ。

第一の点に関して言えば、JR東海は自分の施設周りの点検を怠っていた、ということだ。第二の点は、ホットラインは緊急時に使うものだが、それが機能していない、ということだ。これでは安心して東海道新幹線に乗れないではないか。

引用の前段から分かることは、JR東海は安全のための配慮を欠き、そのための投資を惜しみ、目先の収益の増加に目を奪われているという実態だ。

東京‐名古屋間で新幹線はほとんど代替のない移動手段だ。また東京‐大阪間でも新幹線を利用する人は多い。シャッターの安全装置、ホットラインの問題、これは鉄道輸送とは離れた問題だが、こうした周辺の問題も含めた安全対策が、安全で確実な鉄道輸送を実現するのだと思う。

こうした観点から、JR東海だけではなく、また鉄道会社だけではなく、全ての大量輸送機関が自己点検を行ない、日々安全策の向上につとめてもらいたいものだ。これは利用者としての願いだ。

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2006年3月24日 (金)

家の近くでさくらが咲いたが…

駅にコンビにができた。まわりに花あるいは木を植えればよいのに、何もない殺風景なバラックだ。

何を売っているのか見にいった。お酒以外のほとんどのものがある。店頭では焼き鳥も焼いていた。これまで駅の回りにコンビニがなかったこともあり、客は大勢入っていた。

観光客相手のみやげ物も開発して、売っていた。わが町の商店主さんたちもそうした「商品開発」の姿勢は見習った方が良いのではないだろうか。そうでないと観光客は、外から来たコンビニでジャンクフードを買い、食べ、そしてゴミだけをわが町に置いていく、というのがこれまでの構図だ。そのゴミ処理は町民の税金でまかなわれる。

話は変わる。

駅の向い側の土手の上にはさくらの木が10本程度植わっている。さくらの花がちらほら開花していた。まだ一分咲き未満といったところだが、やっと春だ、と感じることができた。僕にとって春は、花粉の季節で楽しくはないが、家の近所のさくらの開花を見て、少しだけ心が明るくなった。

帽子をかぶり、ジャンバーを着て、マスクをしてさくらをみるようになってもう20年くらいになる。最初だけ、さくらの花を楽しむが、すぐに花粉を思い出し、うっとうしい気分になる。

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2006年3月23日 (木)

さくらが咲いた

昨日、3月22日、千鳥が淵のあたりを歩いていたらさくらはまだつぼみだった。

高知や長崎では既に開花したというけど、東京は未だなんだ。さくらの木に、あれはヒヨドリか、2羽飛び交っていた。東京にこんなのんびりした場所があるんだ、と嬉しくなった。

いつの間にか、ライブドアの件、BSE問題(米国による牛肉の押し付け問題)、防衛庁その他官製談合問題、それに耐震偽装犯罪は記憶の方に飛んでしまったようだ。そして関心はさくらの開花に…。

しかし、昨日、22日、問題の建設会社・設計士を手配して、ホテルを作らせ、コンサルタント料を受け取った会社に、被害を受けたホテルの経営者たちが質問状を持ち、直接話が聞きたいと出向いたという。コンサルタント会社は、例によって、質問状を読んだ上で対応する、ととりあえず質問状は受け取ったものの、それ以上に踏み込んだ話はなかったようだ。

事実が明らかとなって数ヵ月経過している。ホテル経営者たちが出向く前に、コンサルタント会社が実情を説明に行くべきなのに、何もやっていない。これまで、内向きに損害賠償請求にどう対応しようかということだけを考えていたのだろうか。ところで、コンサルタント会社に人はどの程度残っているのだろう。

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2006年3月19日 (日)

戦争を展示する

3月7日から16日まで、米国のワシントンDCに行っていた。

旅先でもネットを見ることができ、このブログに書き込むことは可能なのだが、日本現代誌、のブログとしては、なんとなく外国に行くと、書く気が衰退する。

DCでスミソニアンのいくつかの博物館を訪れた。アメリカンヒストリーの博物館(本来は科学博物館)、自然史の博物館、航空宇宙博物館などだ。

科学博物館と航空宇宙博物館では、戦争についての若干の展示があった。目を引いたのは、科学博物館には広島と長崎の被害の写真が、被害者の写真も含め、展示してあったことだ。もうひとつ宇宙航空博物館では、第一次大戦中の負傷兵の状況が人形を使って展示されたいたことと、第一次大戦の戦場、ベルダンで戦死した人々のおびただしい数の頭蓋骨の写真が展示されていたことだ。これが米国の首都の博物館であることと、悲惨な状況にあるのがヨーロッパ兵であることが印象深かった。これら写真は、ブログに写真をアップできるようになったら、アップします。

それ以外に、ベトナム戦争での米兵の悲惨な状況や、2001年9月11日に破壊された、世界貿易センタービルの残骸なども展示され、暴力に反対する姿勢を感じた。

日本の博物館の多くで、戦争や暴力の無意味さ、を強調するのに、日本人の被害ばかりを強調していること。あるいは中国などについてみると、中国人あるいは自国人の悲惨な状況のみを強調していることとの違いを感じた。

日本と米国の博物館の展示の違いから、どうしたら戦争や暴力の無意味さを伝えることができるかの手がかりとなるのではないか、と考えた。

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2006年3月 4日 (土)

原爆資料館

3月1日から3日まで、広島と長崎をまわった。

広島では、広島平和記念資料館(市立)と国立広島原爆死没者追悼平和祈念館に行った。長崎では、長崎原爆資料館(市立)と国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館に行った。

長崎・広島の各市立の資料館にはそれぞれ違いがあるが、形式的な違いを書いておくと、入館料は長崎が200円で、広島が50円だった。

もうひとつの違いは、写真撮影だった。長崎は全面的禁止、広島はフラッシュを光らさなければ、撮影可能だった。ここは是非、長崎もフラッシュなしの撮影を認めてもらいたいものだ。

規模の違いで言うと、広島の方が大きい。その分大量の展示がなされているが、日本の戦争への歩みとその後の原爆についての展示が、それぞれ入口の東館と従来の本館に別個に展示されており、統一というか、全体像の把握に努力が必要だと感じられた。
他方長崎の展示物は広島ほど多くはなく、また15年くらい(?)前に新たな建物ができ、それにあわせて展示レイアウトが行なわれ、広島と比べると、全体像の把握にそれほどの努力が要らない、と評価できる。
全体像の把握に努力が必要というのは「悪い」ことでもない、また少ない努力で可能ということは「良い」ことでもない。見る人の知識や経験によって、広島スタイルが良い場合もあるし、また長崎スタイルが適切な場合もある。
僕の率直な感想を言えば、長崎の展示の方がコンパクトで、人々の感情に訴えるものとなっている。他方広島の展示は理詰めで、理性的だが、冗長な感があった。

国立の追悼施設は、どちらも立派な建物で、ヒバクシャをその名前と顔写真で思い出そうというもので、今でも原爆犠牲者の届出を受け付け、記憶の掘り起こしを続けている。とても重要な取り組みだ。

ただ、広島の祈念館の展示に次の記述があったことはいただけなかった。「日本は、20世紀の一時期、戦争への道を歩み、そしてついに昭和16年(1941年)12月8日、アメリカやイギリスとの間に戦端を開き、太平洋戦争に突入しました。」

日本が中国と戦争をしたのは1894年、19世紀のことだ。その結果、台湾を占領し、植民地としたのだった。この点についての配慮が必要だと感じた。

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