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2006年1月31日 (火)

うれいしいな

ブログの表紙にしている本、2005年11月発行、海鳴社、を「読売新聞」が書評してくれた。

以下がその全文だが、とても好意的な書評で嬉しくなった。丁寧に読んでくださった結果だ。僕は評者とは面識がない。さもなければ面映いような書評を、僕がお目にかかったことのない戸部さんからいただき、心から感謝し、喜んでいる。

戦場の疫学 常石敬一

 30年近くにわたり日本の細菌戦部隊(731部隊)を追跡してきた著者はその一貫した研究姿勢を「あとがき」で力強く言い切っている。「歴史上のできごとを一方的に弾劾するのでもなく、ひたすらかばうのでもなく、事実を追求して来た」と。
 本書が扱うのは1936年浜松で起こった集団食中毒事件と、40年「満州国」の首都新京で発生したペスト事件。謀略によるものではなかったが、どちらにも陸軍の細菌戦関係機関が原因究明に乗り出し、疫学の方法を用いて調査と対処にあたった。その目的は伝染病の拡大阻止だけではなかった。病原菌を兵器として利用するためのデータ収集を組織的に行ったのである。著者は陸軍の膨大な研究報告書を読み解き、確認した事実を隙間(すきま)のない石垣のように積み上げてゆく。不謹慎だが、ときにはなぜか推理小説を読んだときの興奮すら感じさせる。細菌戦に関して最も信頼できる研究成果と言えよう。

評者・戸部 良一(防衛大学校教授)/ 読売新聞 2006.01.29

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2006年1月26日 (木)

これも2006年現象…?

パレスチナで地殻変動が起きているのか?

共同電によれば「ハマス、第1党へ パレスチナ議会選」(http://flash24.kyodo.co.jp/?MID=RANDOM&PG=STORY&NGID=intl&NWID=2006012601003396)だという。

ハマスが「善戦」することは予想されていたが、まさかかつてアラファトが率いたファタハがハマスの後塵を拝すとは驚きだ。出口調査の結果として、投票直後からハマス「善戦」は言われてはいたが、僅差でファタハが第1党になると予測されていた。

ハマスは勝利が確実になった段階で、イスラエルとの交渉はしない、パレスチナ人の土地を取り戻す、と宣言している。

僕は1月6日、「英雄を必要とする社会あるいは国家の不幸」を書いた。パレスチナの人々は僕なんかのセンチメンタリズムを吹き飛ばし、自分たちの力での失地回復の道を選択した。

「連帯を求めて孤立を恐れず」という言葉を思い出した。今この言葉を書くので、ネットで「求めて」と「孤立」の間に句読点があったかな、と思って調べたらそれはないことが分かった。それ以上に最近は「孤立を求めて、連帯を恐れず」という言葉あることを知った。

しかし後の方の「連帯」は僕からすれば「つるむこと」あるいは「群れること」と同義語ではないか、と思える。別の言い方をすれば、砂糖に群がるアリ、と言えるかもしれない。

連帯を求めるのは、弱者か強者かは別にして、必死に闘っている人だろう。強者の闘いは、勝ち戦の時に連帯を求めるだろうか?他方闘っている人々はつるんだり、群れたりするのだろうか。勝つためにはやることが多く、そんな暇はないのではないか。

闘いが有利に進んでいるとき、弱者は連帯を求めないだろうか?そんなことはないだろう。いつ形勢が逆転するか分からない。常に劣勢になったときを考えながら闘っているだろう。

連帯の中身はなんだ? 精神的な支持であり、金銭や食品など物質的な支援であり、あるいは医療や教育など人的な援助だろう。それは中東の石油ほしさに、パレスチナに橋を作ったり道路をODAで作ることとは全く別のことだ。彼らはそれらを作ることを拒否はしないだろうが、真意は分かっている。

パレスチナの闘いは、自らの生存のための闘いだろう。それゆえに彼らは広く連帯を求めながらも、孤立を恐れず、闘いぬき自らの生存を確かなものにしようとしているように思える。

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2006年1月24日 (火)

ひ弱な花、日本ーーストレスの元凶?

23日、成田に6時間遅れで夜9時前に着いた。

遅れの原因は21日の雪だった。入国審査審査場は今まで経験したことのない人の群れだった。観光日本などと言っても、受け入れの体制は脆弱だ。受け入れの最初の一歩からインフラができていない。外国人の列は一列で、空いたブースに順番に入る方式だったが、日本人の列は複数で、どこに並ぶかで早く済むか、遅くまでかかるかは出たとこ勝負だ。これは大きなストレスとなる。欧米諸国と比べ日本の国際空港の入管施設は貧弱で、想像力を欠いていると思う。

しかしこの程度のインフラの貧弱さは東証のシステムのそれと比べれば、それほど深刻ではないのかもしれない。2006年1月18日2時40分、東証は売り注文が殺到したことで、取引規模がシステムの「想定」外に膨れ上がることが予測されたため「東証1部、2部、マザーズ市場の全銘柄の取引を強制的に停止した」(http://www.asahi.com/business/update/0118/108.html)。経済に国の運命を託している国とは思えない「ひ弱な」システムだ。

この記事によれば、ひ弱さが暴露されたのは「ライブドア事件で売り殺到」のためだった。ライブドア事件そのものも、日本の経済法の盲点をついたものだったようで、法整備の点でも「ひ弱」ということか…。

日本的「ひ弱」な社会とは社会的ルールがルールとして確立されていない、あるいはそれを尊重しない社会のように思える。そのことがせわしない、安心して行動できない社会を生み出し、そこで生活する人に不必要なストレスを強いている気がする。

後は蛇足。阪神淡路大地震、地下鉄サリン事件、それに大蔵省の護送船団方式の破綻(東京の2信組の破綻)は1995年のことだった。それから11年の、2006年1月、ライブドア事件が摘発された。人によっては、悪いのは彼らの脱法行為を見逃してきた金融庁だ、と考えている。そうだとすると金融庁は、耐震偽装した設計図に建築確認を出した役所の場合と同様、悪あるいは脱法行為に国のお墨付きを与えていたことになる。その場合、悪の本丸は金融庁ということになる。

2006年は、1995年に並ぶ激震の年となるのだろうか。

こんな心配をするのは、僕の身近にいる数人がライブドアはオウム真理教である、逮捕された社長が教祖で、社員は信者である、と言っていることがある。僕はこの1週間、ワシントンで自分に必要な資料集めに没頭しており、またライブドアに関心がなかったため、そんなこと考えたこともなかった。

ライブドアとオウム真理教の類似性を指摘する人々は、それら構成員は、社長・教祖のためにただひたすら、ことの善悪を考えずに、その集団内では意味を与えられた「行動」にまい進できることで満足しているように見える、と指摘している。しかし、ある集団内で意味のある行動をしていると考えている人が、集団の外に眼をやることは、日本では比較的まれではないか、と僕は思っている。その意味で、僕はライブドアもオウム真理教も優れて日本的組織だと考えている。

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2006年1月21日 (土)

ストレス

毎日LCその他に通っている。交通手段は主に地下鉄。日本だと降りる人が降り終わらないうちに、乗る人が強引に乗り込んでくることが多いが、こちらではそういることはほとんどない。これだけでもストレスが低減される。ラッシュ時にはそれほどすいているわけでもない、それでも皆順番を待っている。

議会図書館や、公文書館、それに今日はNIHにある医学図書館に行った。いつものことだが、掘り出し物というのはなかなかない。何年かに一回だろう。

今はこちらの時間では、2006年1月20日、午後4時35分だが、日本では既に21日、土曜日だ。

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2006年1月16日 (月)

根拠なき自信

先日、2006年1月12日、学校で自民党の代議士2人の話を聞いた。

これは学生に聞かすための集まりだったが、僕も聞きに行った。

1人は新潟県山古志村の元村長、長島忠美さん。もうひとりは、テレビで有名になっているらしい、若い杉村太蔵さんです。表題の「根拠なき自信」とおっしゃったのは杉村さんでした。学生はその意味について、「はったり」ということかと質問したところ、返事は「まあそうですね」ということだった。

その答えに続いて、杉村さんは「誰だって自信なんてないでしょ。でも自信は必要だし、何の根拠もなくていいから自信を持ってください」と話した。

実はこのとき僕は、僕は自信あるよ、と思っていた。しかししばらく考えていると、いや僕の自信だって、僕が思っているだけで所詮「根拠なき自信」そのものではないか、と思い至った。

そして僕は杉村さんに聞いた、「根拠ある自信というのはどんなものですか」、と。答えは「例えば資格ですね、ですから税理士とか不動産鑑定士とかいった資格取得に熱心な人が多いのではないでしょうか」、だった。

これは今の社会をみる上で、日本現代誌にとって、今後考えていく種が増えた。僕にとっては貴重な講演会だった。

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2006年1月14日 (土)

役所の責任――公は間違いをおかさない?

行政は自分が許可した案件のその後に全く無頓着で許されるのか。

国土交通省のホームページに「マンションの耐震性等についてのQ&Aについて」(http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha05/07/071208_2_.html)というページがある。そのうちの質問(2)は「管理組合に構造計算書が保管されていません。入手の方法はありますか?」、(3)は「構造計算書は、誰が、いつまで保管したらよいでしょうか?」だ。(2)の答えは「売主にお問い合わせください」で、(3)は「管理組合において、傷みや紛失のないよう保管することが望まれます」となっている。

建築確認は提出された構造計算書その他に基づいて審査した上で、出されるものである。上記のQ&Aだと、提出された書類は確認が出ると、建築にゴーサインが出ると、返却されるのか?それとも廃棄されるのか?役所には保管されていないことが分かる。素人としての予想だが、建物竣工後に申請通りに建設されていることが確認できた段階で、書類は役所の手を離れるのではないだろうか。

しかしそれで良いのだろうか。今回の強度偽装犯罪は極端な例だが、これほどひどくはなくとも問題はいろいろ起きているだろう。それら問題への対処は、建築主や買い手など建物利用者の自己責任でやりなさいということか。だとすると国、あるいは役所が建築確認というお墨付きを与える意味はなんなのだ、ということになる。

今回の犯罪の被害者の方々の建物の場合、どうやら構造計算書などは居住者が保管しているようだが、もし保管していなかったらどうなるのだ。偽装された強度の建物であることをどのように立証できるのだろう。そうした偽証を見抜けなかった役所の過誤をどうしたら立証できるのだろう。

こんなふうに考えると、計算書などの書類保管を建物利用者に押し付けるやり方を国が採っているのは、責任放棄であることがみえてくる。少なくとも、行政がきちんとした仕事をしたことを説明する手がかりを自ら放棄していることになる。アカウンタビリティの姿勢が全くない。

どうも国、役所は自分の判断、審査の過誤を後から暴かれるのが怖くて、こうした書類を保管していないのではないだろうか。まさか役所が間違うことはありえないから、そんな書類を保管するのは税金の無駄遣い、と思っているわけではないだろう。

今回の強度偽装犯罪の暴露で、日本の建設行政は書類を受付け、型通りに審査をし、許可を出した後は野となれ山となれ、という無責任そのものだということがみえてきた。こうした無責任な行政システムも、今回の強度偽装犯罪の温床のひとつだろう。

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2006年1月13日 (金)

建築学者の社会的責任の果たし方

強度を偽装した建物の解体が始まった。

愛知県半田市のビジネスホテルもこの犯罪の被害者である。その10階建ての建物の解体が始まった。その解体に際して、名古屋工業大学の建築構造学の教授を中心とした研究チームが、偽装されたいんちきな設計図に基づいて建築された建物を、解体の進行に合わせて調査するという。これは建築学者としては、既存の建物を壊さなければ不可能であり、やりたくても通常はできない調査だ。それができるというのは、建築の専門家として得がたいチャンスだろうと思う。

具体的な調査は、柱の鉄筋量を調べ、構造がどうなっているかを明らかにし、おかしな設計図に基づいて行われた建築工事の実態を明らかにすると期待されている。

研究リーダーの教授は「今回の偽装問題は、建築界の現状に大きな衝撃を与え、矛盾点を突きつけた。広く今後の対策の一環になれば」と述べている(http://chubu.yomiuri.co.jp/news_top/060113_1.htm)。

これだけだと、こういうときにたまにいる、事件にかこつけて、被害者を食い物にする学者だが、彼は違うのだ。この記事は研究チームの「検査に伴う費用は大学側が負担する」と書いている。

やっと出た、という思いだ。こういう研究者が、建築の専門家がいるうちはまだ日本の建築界も救われる。こうした行為こそが、科学者・技術者あるいは学者の社会的責任だ。僕は科学者の社会的責任の欠如を指摘することが多かった。しかし今、社会的責任の果たし方の見本を見せられた。

僕は、研究者は犠牲的精神でものに取り組むべきだと言っているのではない。自分の知的好奇心も満足でき、そしてそれが社会貢献となるようなチャンスを見逃すべきではない、と言っているのだ。研究の種は、社会的な目を持っていればいくらでもあるだろう。多くの研究者その目を見開いていないばかりに、退屈な研究をしているのではあるまいか…。

現在はおかしなことばかり起きている。その気になれば、自分の専門を生かした社会的責任を果たすことは容易になっているはずだ…。今後に期待しよう。

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2006年1月10日 (火)

報道規制ー日本と中国

今日も新聞記事から。「朝日新聞」の見出しに「日本の『中国脅威論』に懸念表明 局長級協議で中国側」(http://www.asahi.com/politics/update/0109/003.html)とあるので読んでみた。

日本側の発表だと、9日の協議で中国外務省の崔天凱アジア局長が「日本のメディアはなぜ、中国のマイナス面ばかり報道するのか。良い報道がなされるよう中国ではメディアを指導している。日本政府も指導すべきだ」とし、日本政府に「報道規制」を促した、という。それに対して、日本の外務省の佐々江賢一郎局長は「日本ではそういうわけにいかない」と答えたという。

佐々江局長の答えの意味は「日本では報道規制はしない、あるいはできない」ということだろう。日本では中国のように露骨で分かり易い報道規制はない。しかしそれは自由な報道がある、ということでもない。

長くなるが、森永卓郎のコラムを紹介する(http://nikkeibp.jp/sj2005/column/o/07/)。タイトルは「小泉批判を封じる「空気」が支配する暗い世相~大方のメディアから締め出された政権・政策批判~」で、中身は以下の通りだ。

 テレビに登場する評論家たちを見るといい。総選挙前には、あれほど小泉首相の批判をしていたというのに、自民党が圧勝するや、まるで雪崩のように小泉応援団に変わってしまった。
 私が注目しているのは、ある女性評論家である。総選挙前は歯切れのいい小泉批判をして人気があったのだが、いつのまにか小泉応援団にまわってしまった。
 その結果、何が起きたか。不思議なことに、その直後から彼女がテレビに登場する回数が激増したのである。
 一方で、私は相変わらず小泉首相の政策を批判し続けている。そして、これまた不思議なことに、私に対するテレビの出演依頼は、小泉内閣の支持率に反比例して急激に減っているのである。

こうしたことは報道自主規制と言うのだろうか。これはテレビだけの現象だろうか、新聞も大同小異ではないのか。しかし、現在の首相の支持率は50%を超えている。したがって、そうした世論の動向を読んだ結果として、小泉応援団に回る、という理屈もあるのだ。

しかし僕は、評論家たるもの、自分のポリシー、方針、理論などに基づいて、多くの反論を覚悟の上で持論(自論)を展開する者と考えているので、上記のような理屈は屁理屈として排除する。

さて日本における、報道の自由はどうなんだろう。旧ソ連時代と現在のロシアでどちらが、国民は真実に迫っているだろう。むしろ旧ソ連時代だったのではないのだろうか。多くのうわさ話の中に真実が紛れ込んでいた感じがする。

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2006年1月 9日 (月)

明日はわが身なのだ

長崎県大村市の老人が一緒に暮らすグループホームで2006年1月8日未明、火事があり、住んでいた9人のうち7人の方が亡くなられた。仙台で誘拐された赤ちゃんの帰還の嬉しさで、感じなかったが、実は長崎の火事は僕自身のことなのだ。

もっと自分の行く末を考えなければ…、とは思うけれど、今ひとつ実感できない。何故だろう、自分は別だと思っているのか?だとしたらとんでもない思い違いだ。ひとつだけ救いは、憎まれっ子世にはばかるだから、皆に嫌われていれば、それを実感できれば、僕自身それをばねに、ますます憎まれっ子になれるかな…。

年寄りも、赤ん坊も、小学生も、住みにくい世の中となったものだ。つまるところ、それに女性を加えてもよいかもしれないけれど、弱者に住みにくい世の中ということか。

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2006年1月 8日 (日)

赤ちゃんが無事に戻った

無事に戻ったことはよかった。問題は病院から連れ出されたことだ。

小学校で同級生を殺傷したり、下校中の小学生が殺されたり、病院から生まれたばかりの赤ん坊が連れ去れたり、何かとんでもない時代に入ったのか、という思いもある。

タバコの値上げが1本につき1円ということでは、日本政府が国民の健康を考えず、財政の問題にしか関心がないことを通じて、国民の安全をないがしろにしていると書いた。しかし、小学校や病院の問題は、政府の責任というものでもないだろう。日本社会が「劣化」してしまったことの反映に過ぎないのかもしれない。

そのことを感じるのは、年金生活者が終の棲家として、経済的理由もあるかもしれないが、日本ではなく外国を考えるようになったことがひとつある。もうひとつは、教師としてみていて、伸びそうな子が外国志向である、ということだ。日本ではなく、もっと自由に外国で、主に米国やアジアの国々で仕事をしたい希望をもつ若者が増えている。そして実行している。

単純化していうと、日本の現状に不満で、ある程度の能力がある若者の目は外国に向いている、ということだ。そうした自信のない若者は、日本で不満を募らせている、ということのようだ。これでは日本社会が劣化するのも当然かな、と思う。

現状をこのように考えると、いくら愛国心を強調しても、「日本は良い国だ、日本を愛しましょう」と呼びかけても、その声は霧の中に消えるだけだろうと予想できる。

無事に親元に戻ってきた赤ちゃんが小学生となる頃、日本の小学校はどうなっているだろう。あの子が20歳になる頃、日本はどうなっているだろう。僕たちはあの子に実のある、誰もが守りたいと思う日本社会を築くために、今なにから手を付ければ良いのだろう。

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2006年1月 6日 (金)

英雄を必要とする社会あるいは国家の不幸

B・ブレヒトは『ガリレイの生涯』で、「英雄のいない国は不幸だ」という声に対して、ガリレイに「英雄を必要とする国が不幸なんだ」と言わせている。

そのことを今、パレスチナとイスラエルについて痛感している。

2006年1月5日早朝、イスラエルのシャロン首相が2度目の脳溢血の発作で倒れ、緊急手術を受けているというニューが流れた。最初は、収賄事件が表面化しそうになったので、病院に逃げ込んだか、と日本風に考えたが、そうではなく身体的に深刻な状況に陥っていたのだった。

彼の経歴は、パレスチナの民の虐殺の歴史でもあるが、現在はもしかしたら彼のイニシアチブであの地で平和への第一歩が印されるかもしれない、という気配もあった。その気配は、95年11月に暗殺されたラビン首相の平和イニシアチブに迫るものかもしれない、という思いがあった。

ラビン首相の暗殺で、あの地での平和の歩みは確実に10年間遅れた。今度はそうはならないように祈っている。

そこで考えたのが、今日本で現職首相がシャロン首相のような身体的に危機的な状況となったとき、日本はどうだろうか、ということだ。多分今、イスラエルでもそうかもしれないが、首相の意志を継ぐという錦の御旗の下、後継者争いが激化するだけだろう。2000年4月2日、日本の現職首相が脳梗塞で緊急入院した。その時には存命中の5日に後継首相が選出された。

僕の記憶では、大変だと考えた日本人はいなかったような気がする。少なくとも、日本がどうかなってしまう、あるいは病床ある前首相が手がけた、これこれの政策が頓挫すると深刻に考えた日本人はいなかったのではないかと思う。何とかなる、英雄は必要ない、というのが実感だった。

しかし実際には、今になってみると、現在の小泉首相は2000年4月の政権交代がなければありえなかったかもしれない。

さらに考えると、小泉首相の登場後、憲法改悪、特に憲法9条改悪の方向がはっきりしてきたことを思うと、2000年の、地雷廃絶に熱心だった首相の交代はひとつの節目となったようだ。これは、政権交代が改悪につながる動きとなった分もあるし、また日本社会全体がそうした方向に動いてきた、という要素もあるだろう。このあたりの見極めが、ここ10年ほどの歴史を、特に憲法問題をみる際にはキーポイントなるだろう。

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2006年1月 3日 (火)

政治家の支持率

政治家にとって支持率は重要な関心事だと思う。

日本の小泉首相の支持率は59%(http://www.nikkei.co.jp/sp2/nt22/20051226AS1E2600J26122005.html)。
お隣、韓国の盧大統領のそれは22%( http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/01/03/20060103000054.html)。
支持率ではなく、人気投票だが、お隣ロシアのプーチン大統領のそれは16%(http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20060103i112.htm?from=main1)。これはロシアの政治家の中で、3番目だ。1番目と2番目はともに反政権派の政治家だった。

長く日本において首相の支持率は最初は50%くらいあっても、すぐに30%程度に落ち、そのまま行くのが状態だった。それが変わったのはいつ頃だろう。細川内閣のあたりからそうした常識が変わったような気がする。細川内閣の出現で多くの人々が政治を身近に感じ始め、政治に期待するようになった。それまでは「期待しても無駄」というあきらめがあったと思う。しかしその細川内閣の唐突な崩壊によって、期待を寄せた人々は失望し、また政治的な関心を失った。

今の小泉首相に対する支持の内訳はどのようなものだろう。支持をする人は彼に何を期待しているのだろう。僕が彼を支持しないのは、昨日書いたように、彼が国民にいろいろ期待、税負担に耐えてもらいたいとか、危険かもしれない米国産の牛肉を消費してほしいなど、しているためだ。僕はそうした期待に応えたくない。彼を支持する人たちは、彼のそうした期待に応えるつもりなのだろうか。

隣国の指導者の支持率と比較した、日本の首相の支持率の高さに改めて驚いた。隣国の社会構造はかつての、支持率30%が常態だった頃の日本のそれと似通っていて、今の日本は別の次元にあるのだろうか。だとしたらどんな次元だろう。

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2006年1月 2日 (月)

亥年でもないのに猪突猛進?

日本の首相も、年頭所感を発表していた。

それを伝える記事のタイトルは「『日本社会に挑戦する意欲芽生えた』首相の年頭所感」である(http://www.asahi.com/politics/update/0101/001.html)。その全文は以下の通りだ。昨年以上に、がむしゃらに行動しよう、ということのようだ。その行動が前進なのか後退なのかは、あとになってみなければ分からない。

 小泉首相は1日付で年頭所感を発表し、「日本社会には、ようやく新しい時代に挑戦する意欲と自信が芽生えてきた。改革を止めるなという国民の声を真剣に受け止め、続行していきたい」と改革路線の継続を強調している。
 日本経済については「政府の財政出動に頼ることなく、民間主導の景気回復への道を歩み始めた。引き続き、デフレ脱却に努めるとともに、構造改革特区や『一地域一観光』などを活用して、一層の経済活性化に努める」としている。
 イラクへの自衛隊派遣にも触れ、「平和な民主国家を建設しようとしているイラク国民に、各国と協力しながら支援を行い、国際社会における日本の責任を果たしていく」と述べている。

キーワードは:新しい時代、挑戦、改革、景気回復、経済活性化などであろうか。どれも勇ましい。韓国大統領の「庶民の暮し向きは未だ厳しい…新年には、庶民の 皆さまの暮らし向きがよくなるように努力する」というような、暖かい、穏やかな言葉は、記事を読む限りない。2006年度予算では、生活者に対する増税が目白押しである。それに対する説明もない。

首相ひとりで力みかえっているようにみえる。「改革を止めるなという国民の声を真剣に受け止め、続行していきたい」というのは、政府が独断専行でことを進めることではないのかと危惧する。今、もっと国民を信頼し、一人ひとりの力を引き出すような、語りかけが求められていると思うのだが…。

今の日本、いろいろなところでギクシャクしていて、人々がイライラし、ストレスをため、それがエネルギーの浪費に結びついている。改革はここから始めなければ、改革が終わったとき、残るのは一層の貧富の格差拡大ではあるまいか。

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2006年1月 1日 (日)

何もない

誰かが言ったらしい。走りながら考える、考えてから走る、考えてから歩く。

それに当てはまらないのが日本か、考えない…のではないか、と思う。

そんなことを思いながら、「朝鮮日報」のウエッブをみていた。そうしたら次の記事に行き当たった(http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/01/01/20060101000001.html)

盧大統領、新年の挨拶「長い目で見て、深く考えよう」
 盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は新年の挨拶を通じて「さまざまな葛藤による混乱と不安も少なくなかったが、われわれの足を引っ張った大きな問題は、今や ひととおり整理されたようだ」とし、「今年は、より落ち着いて未来を準備することができるだろう」と述べた。

  盧大統領は、「アジア通貨危機は、もはや完全に過去となり、その後遺症もほとんど克服したものの、庶民の暮し向きは未だ厳しい」とし、「新年には、庶民の 皆さまの暮らし向きがよくなるように努力する」と述べた。盧武鉉大統領は、「過去のようなやり方では20年、30年後の未来を楽観できないと思う」とし、 「長い目で見て、深く考えよう」と述べた。


ここまでが記事の全文だ。

日本の小泉首相の年頭教書はどんなものだったのだろう。これほど率直に、明快に語りかけているのだろうか。アジテーションとは違う、国民への語りかけがここにある。それともこれは、日本と韓国の報道機関の報道姿勢の違い、もっと言えば報道機関としての力量の問題なのだろうか。日本の首相も、韓国大統領以上に説得力があり、また包容力や洞察力のあるスピーチをしているのだが、それを日本のマスメディアが伝え切れていないのだろうか、ということも気になっている。

韓国もいろいろごたごたしているが、こうした大統領を選挙で選んだ韓国国民の未来を強く感じる。

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